「そういうことだったのか」
僕の頭の中で、消え失せていた記憶が取り戻された。わからなかったこと、推測できなかった謎、そのすべてを埋めてしまうパーツが見つかった。ちょうどそれを見計らったように、病室の扉があいた。その先の人物は見なくてもわかった。
「そこまで読んでいたんだな、親父」
僕が声をかけると、二や着いた様子の親父が病室に入ってきた。何も言わずに僕の隣の椅子に腰かけると、僕のほうを向いていった。
「間違った選択肢をふんだんだな」
けらけらと笑いながら言う親父に、いらだちに任せて口を開いた。
「うるせぇな」
僕の言葉を気にも留めずに、親父はもったいぶった様子で言う。
「さぁ、答え合わせの時間だな」
「答え合わせか、」
もっとも今の状況にあっている言葉だろうな。これまでの生活、解いてきた疑問の数々。それらの答え合わせだ。
僕は一つ一つこれまで考えてきた謎と、その自分なりの答えを口に出した。
「まず、あんたはもともと離婚なんてしていなかった。僕を病室に入れたのは離婚して家を売るからじゃない。椿姫を安定した状態で養子に迎え入れるためには、まずはお母さんだけで慣らす時に邪魔になるからだったんだな。そして、もしもの可能性まで考えて僕を隔離した。まあ、さすがあんたらしい作戦だよ」
僕の言葉に、落ち着いた様子で耳を傾け続ける親父。特に何の反応もしないが、僕は続けた。
「ある程度安定し始め、逆に椿姫がお母さんに疑問を浮かべるようになったから、僕をその生活に送り入れることにした。そうすることによって、椿姫に多少の刺激を与えるとともに、僕が病室を出て自由な生活ができるように考えてくれたんだろ。金で買ったのは謎だけれど、親父の気まぐれであることを示すためかもな。」
僕の嫌味に少しうれしそうにする親父。構わず僕は続けた。まるで神社の裏手の巨木に語り掛けるように続ける。
「それで、僕はあの家に送り込まれた。それから、矢田部家という新しい家族のもとで生活していたと思っていたけれど、実際には新しい橋上家でしかなかったんだな。お母さんは僕に何回も自分の存在を示してきていたけど、僕はその可能性を指定してしまったから気が付かなかった。ようやく気が付いたときには、タイムリミットだったと。」
あの時、小百合さんが僕の親父のことをあいつと呼んだのは、お母さん本人であることを暗に示していたんだろうな。
そこまで話すと、親父は少し頭を掻きながら言った。
「まあ、今の話自体は正解だな。ただ、これが本質じゃないだろう?」
その通りだ。ここからが本番だ。
「じゃあ、椿姫についてだ。椿姫は中一の時に父親をなくして自殺未遂をした。さらにカウンセリングの最中で新しい事故を作るという方法で心を閉ざしてしまった。小百合さんはそのことを心配していたけれど、治癒する前に、過労によって体調を崩してしまった。そこで、もしものことがあったらお母さんとあんたに椿姫を頼むように計画しておいたんだ。それがあの契約だった。割と乱暴な契約だと思うけどな」
そこまで話すと、少し声を落としながら話をつづけた。
「そこで、なぜあんたたちにその役回りが回ってきたのか。当然椿姫にそれ以上悲しみを与えないためには、なるべく似ている女性が母親代わりになる必要がある。娘をだませるほど似ている女性なんて早々見つかるはずもないんだ。双子でもいない限り。」
僕の言葉に、親父はニヤッと笑った。
「さすが俺の息子だな」
「そうかもな」
否定したいけれども、否定できないだろう。親父はこの結末まで想定したうえで、の計画を遂行していた。そして、その計画にのっとって動きながら、謎を解いてたのが僕だったわけだ。まるで迷路の制作者と脱出者のように。
「椿姫を託す役回りがお母さんに回ってきたのは、小百合さんとお母さんは双子だったんだ。仲が悪いわけでもなく、ある程度連絡を取り合っていたからこそ、椿姫のことを託す先として最初に候補に挙がった。だから、僕と椿姫は従兄だったっていうことなんだな。」
いつか、何回かであったことがある。お母さんに連れられて、三歳下の従兄にあったことがあった。けど、僕が小学生になったころからほとんど合わなくなってしまったせいで忘れていた。けれども、椿姫は覚えていてくれたんだ。
僕の考えを見抜いたように親父は言う。
「勘違いするなよ。椿姫だって最初から従兄だって気が付いたわけじゃないさ。」
「そう、なのか?」
ようやく謎が解けたと思ったのに、まだ謎が出てくるとは思わなかった。けど、いまさらそんななぞは小さいことのように思えた。
最後に付け足し程度に、僕のl謎解きの答えを出し切る。
「どこかで従兄だと知ったからこそ、僕の家に行くときに一緒についてきて、あの写真を撮っていったんだ。それに、あのゲーム機、椿姫のところに行っていたんだな。」
椿姫が遊んでいたあのゲーム機は、もともとは僕の家にあったものだったんだろう。あの一瞬しか遊べなかったから確認はしていないけれど、椿姫が持っている理由として考えられるのはこれしかない。
僕の話を終えると、親父は少しずつ話し始めた。
「もともとこの作戦に俺は消極的だったんだ。簡単に行える子とっじゃないし、どこかで失敗すれば椿姫の心に傷がつく。でもそれ以上にだ」
僕の肩に急に手を置いていった。
「母さんの考えは全員を助けようとしすぎている。優先順位的に息子のほうが大事だと思うのにな。まあ、母さんからしたら双子の子供は自分の子供並みに大切なのかもしれないけどな。」
肩から手を離すと、あらぬほうを見ながら話をつづけた。
「それでも、椿姫のこともお前のことも救える方法はこれしかないからといわれて、俺は断れなかった。だから、お前にうそをついて家から出て行ってもらった。あれはそこそこにメンタルに答えたよ。」
親父はこういう時に自分から進んで悪役を担う人間なんだろう。実の息子に嫌われながらも、ハッピーエンドを目指したんだ。
「あとはお前の知っている通りだ。ただ、もう少しだけお前の知らない話がある。」
そういうと親父は着ていた服のポケットから一枚の名刺を取り出して僕に見せてきた。そこに書かれていたのは
「青葉総合病院 総合診療科課長 橋上 悟」
何度も目をこすってみたが、この文字に変わりはなかった。
「同姓同名か?」
唯一あり得る現実を聞いてみたが、親父はゆっくりと首を振った。
「正真正銘俺の名刺だよ。もともと俺はギャンブラーじゃなくて医者だったんだよ。そのせいで帰りが遅かったんだけどな」
理解できない現実が真実であることを突き付けられたせいで、頭の処理が全然追いつかない。あいつは一言も話さないでいるから、ゆっくりと話を咀嚼した。
ようやく志向の整理がついたところで、あいつに声をかけた。
「あんたはずっとこの病院で医者をやっていて、当直とかのせいで帰りが遅かったってことか。」
「そういうこと」
これまで見たことないほど親父は嬉しそうに死ながら話をつづけた。
「ただ、帰りが不安定で全然家に寄り付かないせいで、いつの間にか翔が勝手に錯覚したギャンブラーだったんだよ。ようやくちゃんと医者としてみてもらえるぜ」
「悪かったな」
せめてもの僕のお詫びだったが、気にも留めないように親父は言った。
「そもそも、母さんと出会ったのもこの病院だったんだよ。看護師の母さんと同じ患者を診る機会が多くて、誰にでも優しくしようとする母さんに惚れてアタックしたんだよなぁ」
「のろけんなよ」
突っ込んでは見たものの、初めて聞く話に簿奥も驚きばかりだった。確かに母さんと親父の出会いなんて考えたこともなかった。なんて僕の思考すらも親父には読まれているらしい。
「まあ考えたこともないだろうな。ギャンブラーと看護師が結婚するなんて事はそもそも起きないなんてことは。」
そこまで言うと、親父は声のトーンを落としていった。
「それに、この病院である程度偉いから、お前のベッドも簡単にとれたし、柳田君からいろんな話を聞けたんだよ」
「あんた、そこまでしてたのか」
まさか、柳田さんから親父のところまで話が筒抜けだなんて知らなかった。信頼して柳田さんにはいろんな話をしてきたけれど、まさか全部知られていたとは。
「逆にそれ以外の方法でどうやってお前の情報が得られるんだよ。嫌われているやつから話を得るのは大変なんだぞ」
確かに親父の言う通りかもしれない。僕がわざわざオヤジに状況を説明することもないだろうけど、親父にとってはその情報で計画を変える必要があったんだ。
「いろいろとありがとうな、親父」
僕がそう言うと、親父は照れ臭そうに笑った。
「実の息子に感謝されるなんてな。まあ、家が急に荒らされたり、翌日には家で人が倒れてたりしたんだから、感謝されて当然かもな」
できる限りの力を使って親父の腕を小突いた。弱弱しい僕の手を見て少し悲しそうにしていた。それでも笑っているふりをしていた。そんな親父が少しいたたまれなくなっていった。
「泣きたいなら泣けよ」
「一人前の男は人前では泣かないんだよ。」
もっとも僕が嫌いだった男。だけど、嫌いの裏にはこういったかっこよさに対する妬みもあったのかもしれない。いまさら自分の気持ちに気が付いたところでどうしようもないけど。
少しの沈黙が流れた後、ふと気が付いたように親父は言った。
「そういえば、あの金はどうしたんだ?」
「あ~、そのことなんだけど」
僕のあいまいな切り出しを見て、親父はニヤッとした。そこまで想定済みなんだろうなぁと思いながらも、僕は親父にまじめぶっていった。
「全部使っちゃってね。手元には残ってないんだよ」
親父も親父でまじめぶって答えた。
「じゃあ、俺の家で倒れてるときに落ちてた280万はなんだったんだろうなぁ?」
「まあそうなるよな」
少しぐらい騙されてくれてもいいじゃないかと思いながらも、親父に自分の計画を伝えた。
「まあ、こうしたいんだけどいいか?」
僕の提案に、親父は無言でうなずくと280万を受け取った。そして、親父は慣れた手つきでスマホをいじって、ある予約を取ってくれた。その予約内容を確認してから、親父はいった。
「まあ、こういう使い方をするだろうと思ったよ。」
僕は無言で親父の言葉を聞いていた。使った金額の大きさゆえに、自分の選択の正しさを疑ってしまった。そんな僕の様子を見て、僕の頭をなでながら親父は言う。
「別に正解なんてないさ。でも、これが翔が出した答えなんだろ?自信を持てよ」
ふいにかけられた優しい言葉に、思わず僕は泣きそうになって、布団の端で目をこすった。やっぱりいつになっても親は子の心が見えているんだろうな。
僕が少し落ち着くと親父は椅子にどっかりと腰を落ち着けた。そして、やけに真剣そうな顔をしていった。
「まだやるべきことがあるだろう?」
少し悩んでから、僕は左腕から点滴を抜いて言った。
「当たり前だ。」