ホワイトボードを背にして、雅君の方を向きながら解説モードの私は雅君に問う。
「この中でも、今日は指数について勉強しようか。指数っていうのがどの部分かはわかるよね?」
雅君は、特に引っかかることもなく答えてくれた。 「$e^{i\theta}$の部分かな。」
と答えてくれた。その部分だけ抜き出してホワイトボードに書くと、話を進めるためにも、指数法則とその横に書いて話を始めることにした。
「中学校だと、指数ってなんて習う?」
「かける個数って習いました。だから、$i\theta$乗っていうのが良く分からないんです。」
こうやって自分が予想してた通りの返答してくれると、かなり話がはかどるから助かる。とはいっても、ここからどうやって話をつなげていこうかな。まあ、やっぱり具体例から詰めていくのが定石だと思うから、適当な例を作っちゃおうか。じゃあ、わかりやすそうな礼を一つ作ろうかな。
$$2^3=8$$ $$2^2=4$$ $$2^1=2$$
っていう風に、下に行くにつれて指数が減っていく、自然数しか指数のところにいない2の例をホワイトボードに書いた。そうして、結城 雅君の方を向いて尋ねた。
「これは2で適当な例を作ったんだけど、上から下に行くとき、つまり指数が一つ減るごとに何分の一になっている?」
これは、自分で聞いてても思うけど、あきれるほど簡単な誘導質問だと思う。でも、ある意味これが数学における大切な部分の一つでもあるんだから、大事なワンステップだと思って踏ませてあげることにしよう。
結城 雅君は、当たり前だと言わんばかりに
「$1/2$ になってます」
と答えた。ちゃんと誘導に引っかかってくれていると、この質問の強さに感心するとの、これから教えるのが楽になるっていう安心感がわいた。ここまで話したら、最後に一つこの式を描けば大体わかると思う。
$2^0=?$
さっきの$2^1=0$の下にこの式を書いているから、完全に誘導みたいな感じだ。これだけで全部理解できるような人はいないと思うけど、つかみだけならこれで十分かな。そうしたら、私は雅君に問う。
「さっきの法則からすると、これはいくつになりそう?」
すると、雅君は困惑した表情を浮かべながら、半ば騙されたことに気が付いた表情をして
「2の半分で1ってことですか?」
と、質問に質問で返してきた。完全にこっちも詐欺をやっているような感覚だから、あんまりいい気持ちはしないんだけれど、最初はこれで"知る"事が大切なんだと思う。知ってから、理解する、最後に使えるようにしていくことが重要なステップだ。
$$2^0=1$$
とさっきの式を書き直すと、雅君の方を向いて教えるように言った。
「これで$2^0=1$になるねって言っても正直訳が分からないでしょ。だって、指数は自然数しか乗らないと思っていて、その時の法則を勝手に当てはめてもいいのかわからないよね。だから、ここからは指数っていうものを違うとらえ方をしていくために、法則を作っていくね。」
と言った。そう、指数についてはここからが本番なんだ。さっきまでのは"知る"っていう範囲の中でも最も浅いものだ。ここから先を理解するためにも、これを学ばない手はないという大切なもの。さっきまで書いていた具体例を消して、指数法則の二つを書いた。
指数法則 $$a^1=a$$ $$a^s\times a^t=a^{s+t}$$
「これが指数法則っていう『指数が満たすべき法則』だよ。つまり、指数であればこの法則にのっとっているんだ。」
この言葉でどれだけ伝わっただろうか。正直、こんな不親切な言葉一つ二つですべて理解できる人だったら、すごいなって思う。でも、そうじゃないことを象徴するように、雅君の顔はあからさまに困惑していた。そして、自分が理解できないのが恥ずかしいかのように小さな声で言った。
「これが何を意味しているのかが分かりません…」
その声はこの小さな部屋でさえ反響することなく消えていった。私は、その言葉に共感するように、うなずいた。私だって、最初にこんなことを言われたときは、一切理解できなかった覚えがある。だから、一つ一つ手さぐりに掴んでいくのがいいんだろう。
真っ暗な部屋に宝石を隠したって、光がないから輝かないんだ。だから、自分の目で光らせられるように、まずは場所を知らなきゃいけない。これはかつて先輩が言っていた言葉だけど、数学を理解して行くのに、とても大切なことだと思っている。宝石を磨くためにも、まずは宝石の輝きと場所を教えなきゃね。
「最初は分からなくて当然だと思うよ。それを教えるためにも私がここにいるんだからね。じゃあ、また適当な例から始めようか。」
というと、ホワイトボードに数式を書き足していく。
$$2^2\times 2^3$$
取り敢えずこの部分だけで式を止めておく。そうして、雅君の方を向いて、また誘導的な質問をする。
「この式の答えは分かるよね?」
すると、やっぱり雅君はそれは当たり前だと言わんばかりの顔をして、
「32ですよね」
と答える。まだ橋がかかりきっていない様子がすごくもどかしい感じがする。もうちょっとで全部がつながるのが分かるからこそ、あの子の世界をつなげたくなってしまう。
さっき描いた式に、さらに新しい式を重ねていく。それは、世界に新しい色を書き足していくような感覚だ。
$$(2^1\space \times2^1)\space \times(2^1\space \times2^1\space \times2^1)$$ $$2\space \times2\space \times2\space \times2\space \times2=32$$
この式を書いた瞬間、雅君の顔に光が見えた。まさに輝くっていう言葉が最大限に合いそうな顔をしていたと思う。これまで雅君が感覚的に使っていたものが、たった今一気につながり、そうして雅君を新しい世界へと導いているんだ。これが数学の楽しみであり、私が数学を好いている一つの理由でもある。 今の例を簡単に言えば、指数法則を使って指数を分解したとでもいうのかな。指数法則の時に書いた二つ目の式を使って全て1乗に分解した後、2の1乗が2であることを用いて答えをだした。普段私たちが感覚でやってしまっていることを厳密化していくっていうのは、案外気が付かない簡単な法則が見え隠れしていることもあるんだ。
雅君は、何度も顔を上げて私に何かを言おうとしてから、また考え名をしてを数回した後、こういった。
「じゃあ、0乗っていうのを定義しようとするなら、 $$2^1\times2^0$$ $$= 2^{1+0} = 2^1$$ $$2^1=2 \space \rightarrow 2^0 = 1$$ ていう風に考えればいいっていうことですか?」
「Congratulations!!」
盛大に拍手をしながら、雅君のその論理だてられた方法を褒めた。雅君もやっぱり、数学が好きっていうだけあって、考えを筋道だてたり、教えられたことを応用して問題に立ち向かう力があるんだろう。そして、雅君らしい数学の道を探し求めて、この部屋を飛び立つんだ。この窓から出るのか、それとも扉から出るのか、はたまたそれとも…
「本当に見事な考え方だね。それをちょうど私が開設しようと思っていたところだったから、ちょっと悔しくなっちゃうぐらいだよ。」
というと、すこしだけ照れる様子を見せた雅君の姿に、なんだかかわいらしいと思ってしまった。
「じゃあ、その調子で指数が負の数の場合も考えられるかな?」
そういうと、雅君は少し得意げな表情をしながら考え込んで、答えを言った。
「さっきと同じように考えれば $$2^1\times2^{-1}$$ $$=2^0$$ $$2^1=2\space\rightarrow 2^{-1}=1/2$$ つまり、$a^{-n}$っていうことですね」
「Good job」
親指を立てながら雅君に行った。雅君はやっぱり、褒められて照れ笑いをしていた。
「それじゃあ、後は少しだけ私から追加をしておくね。指数法則を守るための大事な手順って思えばいいかな。」
そういうと、ホワイトボードに数式を書き綴る。数式とは、それ自体が意味を持っていて独立しているときもあれば、単独ではあまり意味をなしていないものもある。でも、ここで光り方が違うから、私から見ると、数学の世界はまるで天体だった。いくつもの星が瞬いていて、それをつなぐも数えるも人次第っていう感じ。他の人が見たらまた違う景色が映るのかもしれないから、いつしか聞いてみたいなぁ。
って、手を動かさないとね。
$$aは正の実数$$ $$n,mともに正の整数の場合$$ $$a^n \times a^m = a^{n+m}$$ $$n,mともに負の整数の場合$$ $$a^n\times a^m=1/a^{-n} \times 1/a^{-m} = 1/a^{-n-m} = a^{n+m}$$ $$n,mともに0の場合$$ $$a^n\times a^m= a^0 = 1$$ $$n,mが異符号の整数の場合(nを正か0とする)$$ $$a^n\times a^m = a^n \times 1/a^{-m} =a^n/a^{-m} = a^{n+m}$$ $$\rightarrow a^n \times a^m = a^{n+m}$$ は基数が実数かつ指数が整数の場合は、無矛盾かつ完全である
いちいち場合分けしながら描かないといけないのが面倒くさいけど、これをやらないとちゃんと書けたことにならないから仕方ないって毎回自分に言い聞かせている気がするなぁ。
「これは、簡単に言うなら、一番下の条件のもとなら、指数法則は自由に使えるよっていうことを書いているんだ。指数法則がどんな場合においても使えるっていうことが書けるなら、どんな時に用いても問題は起きないはずだからね。」
やっとの思いで、これを雅君に伝えると、雅君はさっきの発見あってからか、明るい表情でこれを見ながらうなずいていた。そういう姿を見ていると、やっぱり雅君も私と同じタイプなんだろうなぁって実感がする。
なんて色々話していたら、外はもうすぐ闇に包まれてしまう。でも、その前に最後にやりたいことがあるからと、窓の外に向かってすこしだけ待ってとお願いしながら、話を続ける。
「今は、基数が実数で指数が整数って条件だったけど、指数が少数、つまり実数全体の時はどうなると思う?」
これはなかなかに酷な質問な気がする。考え方に工夫がいるし、何よりも指数法則が体にしみこんでいないと難しい部分が多々あるんだ。まあ、今雅君がさっきの困惑した様子を見せてもしょうがないと思う。
「まずは簡単な例示が必要だもんね。じゃあ、こんな式から考えてみよう。」
例示までしちゃっていいのか自分でもわからないけど、とりあえずここで話し切ってしまおう。
$$(2^1)^2=4=2^2$$ $$(2^2)^2=16=2^4$$ $$(2^3)^2=64=2^6$$
「この三つの例から、大体わかるかな?」
適当に雅君のために例示してあげたけど、正直これでわかってくれるか結構不安だ。昔の自分だったら理解できる気がしないけど、さっきので理解できる雅君だったら、それができてしまうのかもしれない。そうすると、本当にすごいと思う。
なんて頭の中で考えていたら、雅君が声を上げた。さっきと同じ、知識と論理が明瞭に感じられる声だ。
「さっき使った指数法則から考えれば、 $$a^n\space\times a^n=a^{2n}$$ ですね。つまり、二乗すれば指数部分が二倍になるわけです。 さっきの零時でも、全く同じことが起きているので、それはその通りだと考えられます。そしたら、ここに$2^{1/2}$を代入すれば $$2^{1/2}\times2^{1/2}=2^1$$ $$\sqrt{2^1}=\sqrt{2}$$ って考えれば、$2^{1/2}= \sqrt{2}$になります」
と、雅君らしい頭の使い方をした解答を出してくれた。その答えに、私はくすっと笑いながら
「一つだけ抜けてるね」
と言った。雅君はさすがに何を間違えたか気が付いていないようだったから、教えてあげることにした。
「平方根は±あるから、$2^n$は絶対に+になることを言わないといけないんだよ。重要そうに聞こえないかもしれないけど、答えを一つにするためには絶対に必要なんだよ。」
それを聞くと、雅君ははっと気が付いたようにしてから、少し口を隠しながら笑った。そのしぐさが一瞬女の子らしいなって思ったけど、雅君は男の子なんだなって思い聞かせた。
外はもう真っ暗で、満天の星に囲まれるように三日月が輝いていた。もうさすがに講義を閉めなきゃいけないと思って、今日の締めの言葉を告げる。
「これまでの話で分かったことは、指数っていうのは実数でもなんでも、指数法則を満たす存在であるっていうことだね。本当はもうちょっと話すこともあったんだけれど、それはまた今度に取っておこうか。最後にちょっと空を見てごらん。」
と言って、二人で並んで窓の外を眺める。
「空にはたくさんの星があるけどさ、それぞれ人によって見方が違うんだよね。星をつないで星座にする人、星の数を数える人、星の歴史を調べる人、このほかにもたくさんあるんだ。それは、数学でも、どの分野でも同じことで、科目の中にもいろんな分類があったり、研究することが違うんだ。君が数学で何をするのかはわからないけど、この部屋を飛び立っていくことを楽しみにしてるよ。」
と言うと、少しの間二人の間に沈黙が挟まった。何か声をかけてあげようかと思ったら、雅君は窓から離れてしまった。仕方なく私もさっきの位置に戻ると、軽く手をたたいてから、講義を締めた。
「今日の講義はこれでおしまい。また明日も来てくれたら、また別の話をしてあげるから、興味がわいたらおいでね。」
というと、雅君は
「また明日」
と言ってゼミ室を後にした。私も後を追うようにしてゼミ室を出て、帰路に着いた。そこで、不とさっきの話を振り返る。そういえば雅君に話忘れていたことがたくさんあったね。$2^{1/2}$とかの話を使って指数法則を証明するのには、必要な一文が抜けていたこと。
それは、適切な数を選ぶっていうことだ。つまり、特殊な場合については、指数法則を満たすためには適切な数があって、それを選ぶことで成り立っているっていうことなんだ。これがないと地盤が成り立っていないからね。逆に考えれば、自然数からできた指数法則は、それ以外の数でも満たすための数の性質を示しているとも言えるかな。まあ、この辺は公理の話の時にでもしようかな。まずは明日も雅君が来てくれることを待たないとね。
今日のホワイトボード 足りないもの
数
- $e$
- $\theta$
- $i$
関数
-
$sin$
-
$cos$
-
指数法則
指数法則 $$aは正の実数$$ $$n,mともに正の実数の場合$$ $$a^n \times a^m = a^{n+m}$$ $$n,mともに負の実数の場合$$ $$a^n\times a^m=1/a^{-n} \times 1/a^{-m} = 1/a^{-n-m} = a^{n+m}$$ $$n,mともに0の場合$$ $$a^n\times a^m= a^0 = 1$$ $$n,mが異符号の場合(nを正か0とする)$$ $$a^n\times a^m = a^n \times 1/a^{-m} =a^n/a^{-m} = a^{n+m}$$ $$\rightarrow a^n \times a^m = a^{n+m}$$ は基数と指数が実数の場合は、無矛盾かつ完全である