こうして私と俊の交際が始まった。と言っても、そこまで私たちの生活に変革を与えたわけでもなかった。
まず、私には大事な親友二人がいて、彼女らとの勉強会は優先するし、部活のない日には二人と一緒に帰る。そして、部内で恋愛がばれるとちょっと厄介にあるかもしれないから、露骨には関われない。
そんなわけで、私たちの恋愛のメインは部活終わりの帰り道と家でのゲームが中心だ。ただ一つ変わったことがあるとすれば
「晴翔、今日は暇なんだよね?」
「俊が空けといてッて言ったんでしょ」
名前の呼び方が変わったくらい。はじめのうちは名前呼びするだけでも照れてたけど、一週間ぐらいでようやく慣れてきた。今でも俊は時々顔を赤らめるから、人前では俊君呼びのこともあるけど。
今日は土曜日。午前練習が終わり、俊と一緒に駅への道を歩いていた。
「じゃあ、せっかくだから何か遊ぼうか」
「わかってる?これもデートなんだよ?」
昨日の夜に俊から連絡があった。練習の後に一緒に遊びに行かないかという誘いだった。美雪たちとの約束も特にないし、せっかくだから遊びに行くことにした。
私の言葉に俊の顔がポット赤くなる。少し意地悪なことを言って意識させたときの顔が一番かわいいと思う。普段のクールな姿とは違う姿は私だけに見せてほしい。
「段々と大会まで近くなってきたね」
「そうだね。冬の大会なんてやる気が起きないんだけど。」
「レギュラーはちゃんとやってください」
くだらない雑談をしながら駅について、電車に乗る。今日は俊の最寄り駅に行くらしい。学校があるところよりも中心都市に近いので、大きなデパートや遊べる場所がたくさんある。お父さんがいた頃に行ったことがあるかどうかぐらいの場所。
電車で二駅先で降りると、圏内とは思えないような景色が広がっていた。
「こんなど田舎にもあんなに高いビルがあるんだ~」
「一応政令指定都市なんだからこれぐらいはあるさ」
慣れた様子で群衆をかき分けながら進んでいく俊を追いかける。瞬間、私の左手を何かが使がつかんで引っ張られる。見れば俊の細長い手が私の手を覆っていた。あんなにうぶな割に意外と大胆なんだなと感心してしまう。
改札を出ると、そのまま駅ビルの中に入った。エスカレーターに乗ったところで俊は手を離した。私が前に立ち、俊のほうを振り返る。
「俊、意外と大胆なんだね」
「そんなことないさ」
ごにょごにょと言い訳をしている。まあ、こんな彼氏がいるのもいいのかもしれない。
今日はせっかく栄えている場所に来るということなので、私には一つやりたいことがあった。
「今日はあんたの服装を変えるから」
「え、俺の服?」 上下に特に何のアクセントもない黒いジャージを身にまとう俊が首をかしげる。
「俊の私服、どれもジャージとかジーパンばかりじゃん。」
「まあ平日は制服しか着ないし、休日は全部部活だからね」
「だから、今日は買うよ」
嫌がる俊の手を引っ張って連れてきたのは、全国展開するアパレルチェーン店。ここなら俊に会う服装もきっと見つかるだろう。それに、せっかく彼女なんだから、彼氏の服をコーディネートするのも楽しみの一つだと思う。
「俊って身長いくつあるの?」
「183かな」
「高すぎない?」
バレー部のセンターをやっているんだから背が高いのは当然だし、もともと知ってはいたんだけど、改めてみてみると身長が高い。しかも足がとにかく長い。贅肉は少なくてしっかりと筋肉が付いたその体系はモデルにでもなれるんじゃないだろうか。
これならいろんな服装が試せる。女子の中でも普通の身長の私とは違うファッションが試せるからちょっと楽しみだと思って始まったんだけど、
「あんた、何でも似合いすぎていい服がわかんないんだけど。」
そういわれてもみたいな顔をしながら試着室から出てきたのは、ワンポイントの白いTシャツにもこもこしたアウター用のカーディガンを羽織った俊。顔立ちはすらっとしたほうなのに、かわいい系の服装も似合うのがちょっとむかつく。
「それで、この中で俊が好きなコーデはあった?」
「う~ん…」
十種類近い服装を試させてみたけれど、あまりしっくりした感じはしないらしい。彼女が頑張ってるんだから、ちゃんと応じなよと愚痴りたくなる。
「まあ、これかな」
そういって選んだのは今着ているカーディガンコーデだった。
「しろとかの単色のTシャツは何枚かあるし、これから少し寒くなるからちょうどいいかな」
「そ。それならよかった」
これだけ頑張ったのに一着も会うものがないなんて言われたら困っちゃうなぁと思ってたからまだよかった。見た目が私よりかわいいのもちょっと嫌なんだけどね。
ようやく一セット服装ができて少し安心して店を出ようと思ったが、俊が私を呼び止めた。
「せっかくなら晴翔の洋服も見ない?」
「あ~」
人並みには服装にそれなりにこだわりがあるからあまり手を入れられたくないと感じてしまう。けれども、俊の格好をあれだけいじったんだから、私も多少服装を変えられても仕方ないし、彼氏が好きな服装をするのもありかな。
「まあいいよ」
そういうと、俊と一緒に女性服コーナーに入る。時間帯的にも同年代の人たちが何人も服を羽織っては鏡を見ている。
「それで、私に何か来てみてほしい服装とかあるの?」
そう言うと、俊は適当に棚をまさぐってから一つ目的としていたものを見つけたらしかった。
「マフラー?」
「うん。制服の上からでも着られるし、青系色が似合うんじゃないかなと思ってね」
自分の服は全く考えないのに、私のことは考えてくれる事がちょっとうれしい。確かに俊の言う通り、彼が選んだマフラーは私に似合う色のものだったし、ひそかに新しく買いたいと思っていたものだった。
それ以外にも俊はいくつかの服を持ってきた。それらはどれもフードが付いたパーカーで、これからの時期に使えそうなものばかりだった。どうしてパーカーなのかを聞くと
「マネージャーだったらパーカーを着てることが多いからかな。」
と口先で入っていたけれど、試着した私をうれしそうに眺めているから、多分パーカーが好きなんだろう。なんとなく彼氏の横で着れる服というより、かなりルーズな服の印象だけど、彼氏が好きならそれでもいいのだろう。
彼が選んだのは淡い黄色や緑などの少し幼い感じの印象の服装だった。グレーや黒っぽい服装をよくしてるからか、自分で選ぶことのない配色だったけど、意外とかわいくなって少しうれしい。
「俊って意外と服のセンスあったりする?」
「そうそう。だから黒一色なんだよ」
私がちょっとほめると、全身黒のジャージを見せつけられてその虚像はあっけなく崩れた。まあ男子のセンスなんてそんなものか。
試着室を出ていつもの服装に戻った私は、常々思っていた質問を一つ聞いてみた。
「俊は私のどこを好きになったの?」
ポット費が出るように顔を赤くした俊は、小さな声でぼそっと言った。
「部活で気遣ってくれたのと、ゲーム一緒にやって楽しかったからかな」
一瞬、私じゃなくてもいいのではと思ってしまったけど、小さい俊君のかわいいからって声が聞こえて納得すると同時に私の頬も赤くなってしまった。
二人で数着服を買うと、次のお店に行くことにした。そこは俊御用達の中華料理屋さんだった。
「ここはシェフと仲良くなるぐらいによく食べに来たんだよね」
自慢げに語りながら、お店の少し奥のほうの席に案内する。お昼少し過ぎたくらいの時間帯で少し人が減っていたので、俊の慣れた場所に座れた。
「連れてきちゃったけど、中華料理好き?」
「まあまあかな」
思わず言葉を濁してしまう。言わないべきか少し迷ったけど、一応俊に伝えることにした。
「私のお母さんが中国人だから、日本の中華料理は少し微妙かも」
そういうと、俊はより自慢げに言った。
「個々のシェフは中国で料亭を営んでいた人だから、かなり本格的なんだよ。中国人留学生なんかが結構来るんだ」
いわれて点以内を見渡すと、確かに会話のところどころに中国語が混じっている。どちらも話せるせいで気が付かなかったみたいだ。
メニューを開くと、確かに日本では見ないような中国料理がいくつもある。特におかゆメニューが多いのはしっかりしている証拠だろう。ただ、懐かしいものが多いせいでどれを頼むか迷ってしまう。
「俊はなに頼むの?」
「いつも通りの炒飯かな」
そういって指さしたのは五目炒飯だった。確かに日本人が中華料理と言ったら最初に出てくるんじゃないだろうかというぐらい有名な料理だろう。
ちょっと普通過ぎる回答で困ってしまった。いくつかメニューのページをめくっていくとちょっと懐かしいものを見つけて、私はそれを瞬時に選んだ。
「シャンビンに決めた!」
俊が私のメニューを覗き込む。それは中国ではおやつのように食べられる、日本で言う肉まんのようなものだ。お母さんの実家に帰るときに何回か食べさせてもらったことがあったけど、肉の餡がおいしかったのを覚えている。
ウェイターさんを読んでメニューを伝えると、中国語で厨房のシェフに叫んだ。シェフもシェフでかなりのいら立ちが混じった声で返事をする。ふとその声になんとなく聞きなじみを覚えた。久しぶりに聞いた中国語だったからかもしれない。
先に運ばれてきたのは、私が想定した以上にエスニックな中華炒飯だった。香ってくるのは確かに鶏油の風味だし、麻蝦醬のしびれるような辛さが漂ってくる。ちょっと仕入れ先が気になってしまうぐらいだ。
俊は待ってくれるとは言ったけど、私の料理はできるのが遅いだろうからと言って先に食べてもらうことにした。じわじわと香ってくる小麦の香りがそろそろ完成だろうかと期待させてくる。
先に食べているのが申し訳ないと思ったのか、俊が炒飯を一口食べさせてくれた。中華料理特有の麻の辛さとご飯の甘さが絶妙にマッチしていて、食欲を無限にそそるおいしさ。その裏にわずかにかおるオイスターソースが味を引き締めている。
食べさせてくれた俊にお礼を告げた頃に、私のシャンビンが届いた。それは私の故郷、大連で食べた時と変わらない丸い形。漂う皮の香りが、中に閉じ込めているであろう餡を期待させる。
一口、かみ砕いた瞬間に口にあふれ出す肉汁と、それをやさしく包む小麦の皮。パンやナンとは違い、主張の少ない味が独特のおいしさを生んでいる。日本で言うところのおやきに近いのかもしれない。
三個ほど乗っていたお皿は一瞬にして空になってしまった。私が食べ終わると俊と一緒にお店を後にした。どうやら先に食べ終わっていた俊が代金を払ってくれていたらしい。外に出てからお金を払おうとしたけど断られてしまった。
帰る前によりたい場所があると言った俊が連れてきたのはゲームセンターだった。
「また音ゲーでもやるの?」
「今日は違うよ」
始めてきたゲーセンで島の配置も知らないのでただひたすらに俊についてく。最初は音ゲーのあるコーナーだったのが、クレーンゲームを通り抜けて、たどり着いたのは
「プリクラ?」
「付き合ったなら一枚ぐらい記念に欲しいかなって」
顔を赤くして頭を掻きながら財布を漁る俊。中学時代に同級生と一緒にプリクラを取りなれていた私は、一番かわいくなれるプリクラ機に案内した。
「ここ、私がよく使ってたやつにしよ。」
さっきのお礼として私が代金を払い、プリクラの中に入る。特有の甘ったるい、テディベアに似合いそうな声が撮り方の説明をする。慣れない手つきの俊を手伝って、撮影の状態を整える。
「ほら、もっとこっちに来て」
俊の手を引いて指示された肩を組むポーズをする。恥ずかしがる俊を引き寄せて、私と頬が尽きそうなところに置く。いくら私が背伸びしても届かないので、かがもうとする俊の足は震えていた。
そのあとも何枚か指示されたポーズでプリクラを撮った。大きなハートを作ったり、お嬢様のようなポーズをしたり、ギャルピースをしてみたりした。そのたびに慣れない様子の俊はかわいかった。
プリクラ機を出ると、何枚かの写真が印刷されたプリクラが出てきた。二枚出たうちの片方を俊に渡すと俊はそれをじっと見つめた。
「なんかあった?」
「いや、自分の顔が加工されているのを見て、ちょっと不思議に思っただけ」
そういわれてプリクラの俊を見てみると、明らかに男子とは思えない顔になっていた。
「あんた、多分プリクラの機械に女子だと判定されたんだね」
「男なんだけどな~」
不服そうにしながらも、プリクラは丁寧に財布にしまったらしい。私はスマホケースの裏に外からは見えないように入れておいた。これはちょっとしたお守りだ。
私のことを駅まで送ると、俊は自宅のほうに向かって帰っていった。都会の街並みに埋もれていく後姿は丸まった背中が似合っていた。