一話目

 中間テスト返却の日の放課後、私は体育館横の女子更衣室である人を待っていた。それは

「お疲れ様です、小森さん」

「本当に入部してくれたんだね。この世代はマネージャーなしになると思ってたから、助かるよ」

 なぜか膨らんだかばんを持って現れ小森さんは、更衣室に入るなりそれを開け広げた。

「マネージャーも結構汗かくから、制服だと大変なんだよね。せっかくだから今日は私の服を貸すよ」

 そういうとTシャツとパンツの一組を私に分けてくれた。それでも小森さんのカバンにはあと二着同じようなものが入っている。私がそれを不思議そうに見ているのに気が付いた小森さんは、視線をそらしながら答えた。

「私汗っかきだから、途中着替えもあるの」

 二人して係争に着替えると、体育館に繰り出した。部員が来る前にしておいたほうがいい準備や、練習前にやることを教えてもらった。例えば体育館に階のカーテン閉めやシューズ服用の濡れ雑巾の準備、救急箱の中身の確認などだ。

 部員で一番に体育館に入ってきたのは意外にも俊君だった。スポーツウェアに着替えている彼はシューズを片手に体育館の私たちがいるコートの隅に来て、開口一番

「小森さん、いつものお願い」

 というと、座ってシューズを履き始めた。小森さんはちょうど確認していた救急箱の手前にあったポーチを開けて細いテーピングを二種類取り出すと、俊君に投げた。彼も慣れた手つきで二つともキャッチすると、指にテーピングを始めた。

 救急箱の確認が終わって、一通りの準備が終わったとのことで、定位置で練習を待った。テーピングを巻く俊君はどこか近づくなオーラを感じたけど、一歩踏み出して話しかけてみる。

「なんでテーピングしてるの?」

 するとテーピングを終えた二本の指を私に見えるように向けた。

「薬指、骨折。小指、多分折れてる」

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、私に背を向けてシューズを履き始めた。いつも手は降ってくれるけど、それ以上会話はできなかったから頑張ったのに、と少し怒っていると小森さんに慰められた。

「まあ、“氷"だからね」

 あだ名氷。練習や試合でもあまり話さないクールな様子から小森さんが呼び始めたらしい。じゃあ彼のブロックはアイスブロックだ。

「そういや"炎"は来ないね~」

「いや、来たみたいですよ」

 “炎"こと大祐君。四人の仲間を引き連れてた。まるで勇者と仲間たちでクエストに向かうみたい。続々と選手たちが集まり、練習の雰囲気ができていく。そんな中、俊君は一人でコートの準備を進めていた。

 準備が終わってすぐに顧問が部活に顔を出した。何回か練習見学をしている時に顔を合わせたが、あまり怖くない人だ。キャプテンが部員を顧問の周りに集合させる。全員で礼をっすると、顧問はまず私のことを呼んだ。

「今日から正式に入部することになった晴翔さんだ。貴重なマネージャーだから大事にしろよ。特に佑月」

 気だるそうに俊君が返事をすると、どっと笑いが起こる。紹介もそこそこに、早速今日の練習に話題は変わっていく。テスト期間開けということで体がなまっているからと、走り込み練習を多くやるらしい。小森先輩曰くこれはマネージャー的には楽な練習らしい。

 話が終わると早速シャトルランみたいな練習が始まった。マネージャーはタイムを測る役で、小森さんは少し遅めにスタートボタンを押していた。それでも一年生のレギュラー外の四人は何回か追加で走らされていた。大祐君は常に全力で走っていて、息切れして倒れそうだったけど、佑月君は平然とした様子でタイムギリギリで走り続けていた。

 その後の練習でも、二人はわかりやすく対比した。例えばスパイク練習では、大祐君は全力で床にたたきつけるけど、俊君は軽く打つ代わりに回転をしっかりかけていた。

 例えばサーブ練習では、大祐君は豪快なジャンプサーブを練習するけど、俊君はフローターでコースだけを狙い続けた。

 そして何より、大祐君は何をしても叫ぶけど、俊君はほぼ声を出さず、淡々とボールを目で追いかけるだけ。時々ちょっと首をかしげる。

 とはいえ、私も彼らをずっと観察できるほど暇じゃなかった。ボール拾いやボール集め、ボール渡しなんかの典型作業だけでなく、コースの目印のコーンの設置やタイマー係をやったりと忙しかったのだ。見学していたころとは日にならないほど。

 何とか普通の練習が終わり紅白戦に移る。スタメンのベンチ組でチーム分けで、氷と炎は別チームになった。残された一年生たちは主審やラインズ、得点板をやりながら試合を見つめた。私は小森さんにスコアボードの書き方を教わりながらコートを眺める。

 試合前半は炎陣営が優位にコマを進めていた。大祐君は後衛にいたので出番こそなかったものの、声だけは出し続けていた。

 流れが変わったのは炎がネットの前に立った時だった。急に俊君のブロックが決まり始めたのだ。それは大祐君相手だけでなく、ライトアタッカーやクイックに対しても。急にスコアボードはBの文字で埋まり、点差が縮まる。

 そのまま流れは氷陣営のまま試合は25-21で終わった。選手たちは柔軟体操をして、動ける人から片づけをして解散になった。小森先輩はスコアボードの練習にはならない試合だったねと笑っていた。一年生の一人が試合後に小森さんにスマホを返していたように見えた。私はぼーっと炎と氷を眺めていた。

 片づけが終わり、体育館の電気を切ると着替えて部員を待った。小森先輩の服は洗って帰すことになって、少しだけカバンが重くなった。

 秋の夕日は美しい。繊細な茜色が街を彩り、それぞれの色を華やかにさせる。全く、これだから秋は、なんて思いながら夕日に照らされる鱗雲を目で追いかける。

 珍しく最初に部室から出てきたのは俊君だった。夏場の部活後なのに、スンとした涼しい顔でしわのついた水色のワイシャツを着こなし、すたすたと私の前を通り過ぎた。ちょっと待ってよ、と思いながら少し追いかける。

 正門を出てすぐに彼はスマホを取り出すと、イヤホンを耳にはめて世界をシャットアウトした。さらに普通の人が使う帰り道とは違う道を使うから、余計追いかけるのがはばかられた。それでも、あの日手を振ってくれた人だから悪い人じゃないと思って話しかけた。

「何見てるの?」

 彼のスマホを横から覗き見るようにする。横目に私のことを確認すると、スマホで見てた動画の再生を止めて、片耳だけイヤホンを外した。

「これは、さっき小森さんに取ってもらった動画」

 少しぶっきらぼうな物言いだけど、私にも見えるように画面を傾けながら再生した。そこに写っていたのは、歳ほどの試合の俊君の映像だった。ラインズの視点だから、コートの角から広い角度で映像が取れていて、新しい試合の視点だった。

 動画を見ながら、よくとおる涼しい声で語りだした。

「練習試合とかも含めて毎回動画にしてもらって全部確認してる。今日は照沼先輩に一本も勝てなかったのが悔しかったからね、」

 照沼先輩はレギュラーのレフトアタッカー。今日は炎陣営で前半に活躍していた人だ。動画で見ると、よりスパイクの迫力が鮮明に見えてくる。ボールのがらもわからないぐらい開店したボールが車より早く飛び込んでくる様子はテレビの演出のようだった。

「あの人のスパイクはブロックをよく見て打ってるから止められないんだよ。ほら」

 確かにボールはすべて手の間やブロックの隙間、抑えられていないコースを的確に狙っている。スコアボードには乗らない事実だと感心すると、ぱっと動画が止まった。

「こんな風に、動画を見ながらイメトレしてるの。」

 正直、最初はテーピング事件みたいな対応をされそうでひやひやしてたけど、意外にもすんなりと話してくれて安心してしまった。

「だからみんなと一緒に帰らないの?」

 口からこぼれてから、しまったと口を抑えた。安心が油断を生む。言ってはいけない言葉だったと思っても、もう訂正はできない。

 焦る私を置いて、彼は吐き捨てるように言った。

「あいつらは頭が悪いから嫌いなだけ。」

 ブリザードが吹いたように周囲が冷え固まった。木々も茂美も音を立てるのをやめて、彼に従う。私を置いて少し歩いてから、ふと振り返ると慌てて戻ってきた。

「ちょっと言い過ぎたかもね。まあでもこれ見たらわかりやすいよ」

 そういいながら彼はさっきの動画の続きを私に見せた。試合の展開は俊君が圧倒することは知っているが、この画家区から見る試合は少し違った。

「二年のレギュラーじゃない人もそうだけど、大祐はコースが体の向きのまんまだからわかりやすいんだよ。何なら片手でもコース抑えれば止められる。」

 その言葉通り、俊君は常に相手の正面にブロックを飛んでいた。そしてまるでスパイクが吸い込まれるように彼の右手に当たると、地面に叩き落される。これがあの連続得点の裏側だったんだ。

「まあ、あいつも技術は悪くないんだけどね。」

 そういうとスマホをしまってまっすぐ歩き始めた。彼の背中は背筋が鍛えられていて、背骨はピンと天めがけて筋を通していた。それでいてどこか細く、頼りない。

 彼の半歩後ろを追いかけていると、彼は駅のオフに歩いていった。いつの間にか、またイヤホンをしてスマホで見ているのはいつの試合だろう。

 家に帰ると疲れがどっと出て、いつの間にか眠ってしまった。そういえば、最近お母さんの朝帰りが増えたな。まあ、家計を支えてくれればそれでいいさ。

updatedupdated2024-11-072024-11-07