高校の下駄箱に走りこむと、靴を履き替えてまた教室まで走った。二人が私に合わせてくれていることもあったけれど、三人で一緒に教室に滑り込む。
教室に入った瞬間、私は足が止まってしまった。勢いで教室に入ってしまったけれど、不登校だった人がこんな風に登場したらへんに思われるだろうかと考えてしまい、急に恥ずかしくなった。
「席こっち」
私の手が急につかまれて、教室の後ろの席に引っ張られた。連れられるがままに席に着くと、とりあえず荷物を置いて席に着いた。ハッとして隣を見ると、美雪が座っていた。声をかけようと思ったけれど、彼女は課題を取り出して確認していたので、飲み込んだ。
教室の風景は依然と大きく変わってはいなかったけれど、席替えは何度かしたんだろう。それでも私が一番後ろの席にいるのは、きっと二人や先生の気遣いがあったんだろうと思うと少し申し訳なくなった。でも、一番後ろの席だから誰かから見られることもなければ、後ろの人を気にかけることもない。教室の中では一番安心できる席だ。
キーンコーンカーンコーン
朝のホームルームのはじめのチャイムが鳴る。隣の教室からは号令がかかっている声がするが、私の教室では
「先生来てないじゃん」「忘れてるんじゃない?」「まああの先生だからね」
といった制とのひそひそとした会話が聞こえるばかりだった。ちょうどその言葉を遮るように、教室の前の扉があいた。
「よーし、ホームルーム始めるぞ~」
炭酸から抜ける気のような声を出して現れた担任の先生にクラスメイトが呼応するように号令をかける。無駄にしか思えない行事だけど、久しくやると少しだけ意味があることのようにも感じた。
担任が今日からの授業についての連絡をしたり、課題の回収についての説明をしている。それを聞いている生徒は大体半数もいないぐらいかな。疲れで寝入っている人や、課題を必死に終わらせようとする人、友人との再会で休みの話で盛り上がっている人がほとんどだ。その様子を気にかけずにホームルームを着々と進めて、担任は言い放った。
「じゃあ、あとはお前らで課題の提出やっとけよ~」
そういうと、担任は教室を後にした。これからちゃんと指示があると思っていたクラスメイトは一瞬静寂に包まれてから騒然とした。どうしたらいいのかわからない生徒たちが慌てて先生を探しに行こうとした。
けれども、こういう時にリーダーになる人っていうのも必ずいるらしい。美雪がさっと立ち上がると、クラスメイトに言った。
「私全部聞いてたから、私の指示通りにやって」
その言葉にクラスは落ち着きを取り戻した。すたすたとクラスメイト達の前に立つと、教卓や机に置くべき課題を指示する。それに合わせてクラスメイト達が順番に課題を提出しに行く。
所狭しと課題が積みあがっていく様子を座ってみていた。私が提出する課題はないので、バツが悪いけれども座っている以上にできることもない。
せめて誰からも見られなければいいなぁと思っていると、教室の前に立つ美雪と目が合った。それから美雪は自分の机のほうに視線を向ける。美雪の机を見ると、課題が丁寧に並べられていた。私が課題を指さすと、美雪が手招きをした。どうやら課題を持ってきてほしいということなんだろう。
指示されたとおりに課題を傷つけないように丁寧に抱えると、クラスメイトに交じって課題を提出しに行く。私が課題を提出している時にも、美雪はクラスメイトの様子を見ながら、適宜指示を出していた。ちょうど美雪の近くを通った時に私は美雪に言った。
「ありがとね」
その言葉に、美雪は少しだけ笑みをこぼした。
美雪の分の課題の提出が終わると、私は席に戻った。自分の分ではないけれど、課題の提出の列に混ざれたから、少し安心した。私の後に続くように美雪も課題の回収が終わったらしく、隣の席に帰ってきた。
声をかけようと思って近づくと、美雪は疲れていたようで組んだ腕に頭を乗せて休んでしまった。少しだけ彼女の頭をなでると、くすぐったそうにした。
課題の回収がひと段落したクラスは、今度は力持ちの男たちがわらわらと課題を抱えて教室の外に歩いていく。これからクラスメイトの課題を職員室まで届けに行くという大仕事をやっていた。その結果、クラスに残っていたのは女子と非力な男子たちであった。
特にすることもないし、話したい人もいないので自分の席でゆったりと一時間目が始まるのを待った。さっきの先生の話曰く、一時間目が歴史で二時間目は数学の授業らしい。そのあとに学年集会があって午後は別の数学があるらしい。どれも教科書すら持ってきてないと焦ったけれど、とりあえず一時間目は課題さえあればいいと指示があった。
女子たちはあまりたち歩かずに、席に座ったまま会話を繰り広げていた。盗み聞きで聞こえたのは、休み中の旅行の話や、部活、最近のカフェの新作の話などだった。少し彼女らにあこがれていると、私の前で急に人影が止まった。驚いてみあげると、クラスメイトの女子だった。
「晴翔さん、これあげる。夏休みの旅行のお土産なんだ」
そういって彼女は私の机に有名なお菓子のご当地版を置いた。
「ありがとね」
なるべく明るい顔をしてお土産を受け取ると、そのまま彼女は立ち去って行った。特に話したこともない生徒だったけど、わざわざお土産を配ってくれるとは、優しい人なんだな。
彼女からもらったお菓子が割れないように丁寧にかばんにしまうと、教室の前の時計を見た。もうすぐ授業が始まるかな。なんて考えていたら、廊下のほうから足音が聞こえてくる。急に教室の扉が明けられると、先ほど課題を提出しに行った男子が帰ってきて席に着いた。そのすぐ後に歴史の先生も教室に入ってきた。
いよいよ授業が始まるんだと思うと少し緊張する。そう思っていたんだけれど
「今日は課題終わってない人は課題進める。終わってる人は自習で」
というと、教卓に生徒の課題らしいものを広げると、〇付けを始めた。まさか本当にそれだけ、問疑ってしまったが、チャイムが鳴っても特に何も起こらなかった。
とはいえ、特にすることがないので隣の美雪の様子を見る。まじめな美雪は真剣な表情をして何やら問題集に取り組んでいるらしい。そっとしておこうと思って視線を逸らすと
「これ、貸すから少し勉強してな」
と言って、数学の問題集を一冊貸してくれた。それと、無地の紙を十枚ぐらいくれた。ありがたく受け取ると、自分の机で問題集を広げてみる。美雪は丁寧に自分が苦手な問題には印をつけているし、テスト範囲も書き込まれている。
どこから手を付けていいいのかわからず、とりあえず私が学校に来ていた頃の範囲の問題を解いてみる。この問題集自体は難しくないはずだけど、数学自体が久しぶりなこともあって解くのに時間がかかる。それでも、何もせずに時間を待つよりは幾分もいいと思えた。
ようやく前期の中間テストぐらいの範囲が解き終わったころに、授業終わりのチャイムが鳴った。号令をすることもなく歴史の先生は教室を去っていった。それに合わせて、わっと教室が騒がしくなる。
美雪に問題集を返そうと思って席を立つと、見越したように言う。
「それ、次の時間も使っていいよ。今日は使う予定ないから」
ありがと、と彼女に伝えると、問題集を自分の机の上に置いた。クラスはまだ騒がしいところもあるけれど、だんだんと落ち着きを取り戻していた。疲れで寝入ってしまう人や、小説に没頭している人もちらほらいて、なんとなく普通のクラスが戻ってきているようだった。
こういう時桃花が何をしているかというと、いろんな人と会話をしては、相手を変えてまた別の話をしている。クラスで多くの友達を持つ彼女は、昼休みと登下校以外はあんまり私たちと関わらない。一度その理由を聞いたら
「あんたたちはいつでも話せるけど、クラスの人とはこの時しか話せないからね」
とにこにこしながら言っていた。その人懐っこさというか、コミュニケーションスキルを私にも分けてほしいと思ってしまう。
授業の間の休みは短い。特に友人との会話をしていると、いつの間にか過ぎさってしまう。休みの終わりを告げるチャイムの音が聞こえても、数学の先生が教室に入ってこなかった。それを見て、数人の男子生徒が教室の外に飛び出して、目の前のトイレに駆け込んだ。
それと入れ替わるように、朝にも見た担任の先生が教室に入ってくる。
「なんか今日は人が少ないなぁ」
ひょうひょうとした様子で教室の様子を揶揄すると、持ってきたかごを教卓の上に置いた。
「じゃあ、号令よろしく」
その言葉に反応して、学級委員長が号令をかける。生徒がやる気がないのはわかるが、担任の先生もやる気がないので、非常にだらしない雰囲気の号令だ。
「それじゃあ、授業始めるぞ~」
間の抜けるような声で持ってきたかごからプリントを取り出すと、一番前の席の生徒に等分して配った。その様子を見て、ようやく授業が始まるんだと理解したけれど、さっきのように教材がないという不安はなかった。
私の前の席の人は少し乱雑な人で、後ろ手にプリントを私に渡してくる。そのプリントを黙って受け取ると、プリントの内容を見る。
受け取ったプリントを自分の机の上に広げて内容を見る。名前こそ聞いたことのある三角関数が大量に書かれているプリントだった。内容を勉強してないので何一つわからない。どうしようかとあたふたしていると、左から机をとんとんたたく音がした。
何かと思って美雪のほうを見ると、美雪はぱっと私のほうに手を出してきた。見ると付箋のように小さな紙が折りたたまれていた。受け取ると、美雪の細い腕はさっと引っ込んでいった。
紙を開いてみると、そこに書かれていたのは
「あとで教えるから大丈夫」
と書かれていた。授業中に先生に宛てられたらという不安はあったけど、とりあえず美雪を信じることにした。
授業がある程度進んでから私は思い出した。この先生は延々と黒板で問題の解説をするだけで帰るから、板書を写すだけでいい授業だった。誰かが昔、大学の授業形式だなと言っていた。おかげで何もわからなくても大丈夫だった。
「じゃあ今日の授業はここまでかな。まあ各自復讐するように」
そう言い残して数学教師は帰っていった。号令もないが、その言葉を皮切りに教室は急に騒がしくなる。ようやく二つの授業が終わったことに安堵した私は、椅子に座ったまま少しボーっとしていると、聞き覚えのある声がした。
「ほら、二人とも行くよ」
声の主は私の腕をつかむと強引に立ち上がらせた。私が不平を言おうとするより先に、美雪が不服の声を上げた。
「もう少し寝させてくれない?」
その言葉を上塗りするかのように、桃花は私たちの腕を引っ張りながら言った。
「次は学年集会なんだから、早めに行って寝たほうがいいでしょ。」
「それもそうだね」
私は桃花に追いつこうと走り出した。美雪は少し渋りながらもついてきた。
「ほんと、あんたたちといると騒がしいわね」
そうして三人で学年集会のある会議室に入ると、教師から見えにくい席を三人で占拠する。真ん中に桃花が座り、左に美雪右に渡しで並んでいる。
三人で何か話すのかなと思ったけれど、私が話しかけるより先に二人とも寝入ってしまった。そういえば、私がちゃんと学校に来れるようにいつもより早起きして来てくれたんだ。二人とも眠いのは当然だ。
そんな二人を見ていたら私も眠気に誘われてしまった。学年集会が始まるような音がしたけれど、三人の意識はもうそこにはなかった。
急に会議室があわただしくなる音を聞いて目を覚ますと、学年集会が終わったらしかった。二人の肩をたたいて起こすと、ほかの人たちに遅れないように教室に向かう。学年集会に向かうときは元気に駆けていた桃花までもが帰りはほぼ口を開かなかった。
教室に戻るや否や、今度は美雪に声をかけられた。
「そういえば、あなたお弁当持ってきてるの?」
「あ…」
今日学校なことは知っていたが、お弁当が必要だなんて知らなかった。
私の様子を見て、少し申し訳なさそうに美雪がいう。
「今日は私と桃花のを分けるからそれで我慢してくれる?」
私は美雪の提案にすぐに応じた。
「うん」
どうして美雪が申し訳なさそうにしているんだろうと疑問に思ったが、お弁当のことを伝え忘れたからだろうと思い至った。詳しく確認しなかった私の責任もあるので、分けてもらえるだけありがたい。
美雪は自分のカバンからお弁当を取り出すと、私を置いて桃花のほうに歩きだした。教室ではすでにお弁当を食べ始めている人もいるので、彼らの邪魔にならないように気を付けながら美雪を追う。
美雪は桃花の耳に口を近づけて何かを言うと、振り返って私のほうを向いた。
「いつものところに行くわよ」
いつものところ?頭に疑問が浮かんだが、二人を追いかけていけばわかるだろうと思って、教室を後にする二人を追いかけた。
廊下を少し歩いて、二人が入ったのは廊下の突き当りにある一風変わった教室。数少ないドアノブのある教室で、ドアの上には「多目的室2」と書かれている。堂々と美雪がその扉を開けると、目の前に広がったのはグレーの絨毯のような床に、白を基調としたプラスチックの机、それにホワイトボードだった。
「ほら早くしないと見つかるよ」
ぼうっとしてた私の腕を桃花がつかむと、部屋の中に引き込まれた。私が入ると扉は締まり、三人だけの教室となる。小さく三つの机がくっついている席に三人で座る。
少し部屋を見渡してみる。だんだんと数か月前の記憶が頭の中から湧いてくる。三人でご飯を食べる場所を探していて、突き当りに見つけた誰も使わなさそうな教室。ご飯だけでなく、時間さえあればよく入り浸っていた。何時しか私たちの隠れ家のようになっていた場所。
「ぼうっとしてるとご飯あげないよ」
桃花の声にはっとする。彼女は丁寧にお弁当箱の蓋を裏返して、いくつかのおかずとご飯っをよそってくれていた。
「食べます食べます~。」
私が言うと、それだけでも一つのお弁当になりそうな食事を分けてくれた。
「私の分も、ほら」
美雪も同じようにおかずをいくつか蓋の裏に乗せて渡してくれた。 さらに、どこから持ってきたのか割りばしもつけてくれた。
「二人ともありがとう」
二人に感謝を伝える。二人は照れくさそうにしながら、合掌した。それを見て私も合掌する。
「いただきます」
三か月ぶりに三人の声が重なった瞬間だった。
三人で一緒に食べるご飯は、自分の部屋で食べるカップ麺とは比べものにならないほどおいしかった。まるで忘れてしまった味を思い出すかのように、もらったおかずの味をかみしめた。
二人のおかずはだいぶ毛色が違うものだった。桃花がくれたのは唐揚げや小さなカツ、それに春巻きの半分とどれも少し重たいものだった。それに対して美雪がくれたのは、ほうれん草の卵とじやミニトマトなどの健康に良さそうなものだった。
食事を終えると、美雪が水筒を取り出す。普通の水筒に比べて小さなそれに入っているのは美雪の大好きな紅茶だ。水筒の蓋を外すとコップ代わりになるタイプのそれに湯気が出る紅茶を注ぐと、無言でそれを飲み始めた。
時々ため息に似た恍惚内規を漏らしながらもコップをからにする。美雪が飲み終えるのを見計らって、私と桃花は立ち上がる。水筒の片づけが負えると美雪を連れて教室に戻った。その間、私たちの間でくだらない話が尽きることはなかった。
教室に戻ると、雑多な空間が広がっていた。まだ食事をしている人、その人をからかう人、その隣でひたすらに勉強している彼はきっと課題が終わっていないんだろう。あちこちから談笑が聞こえ、昼休みらしい光景が広がっていた。
自分の席に着くと、満腹感からか睡魔に襲われた。さっきも寝たはずなのになぁと思いながらも、机に突っ伏して寝てしまう。意識が沈む中で感じたのは、自分の部屋よりも教室の机のほうが寝ごちが良いことだった。
次に目が覚めた時は、ちょうど五時間目の授業が始まるときだった。五時間目も六時間目も授業についていけることはなく、美雪から借りた問題集を解いていたら終わっていた。
帰りのホームルームも眠い目をこすっていたら終わっていて、いつの間にか放課後になっていた。号令が終わった瞬間に、桃花が私たちの席の近くに来ていた。
「一緒に帰ろ」
私が焦っていると、美雪が少したしなめるように言った。
「見たらわかるでしょ。まだ私たち帰りの支度が出来てないのよ。もうちょっと待って頂戴」
「はいはい、お嬢様」
美雪のことを茶化すと、桃花は近くの席の椅子を奪うと、どっかりと腰かけた。
美雪のことをお嬢様と茶化して怒られないのは、多分このクラスで桃花だけだろう。彼女の品のある話しぶりや、少ししゃれた趣味に対して嫌味のようにつけられたあだ名だった。お嬢様呼びが定着する前に、いつの間にか風化したようになくなってしまったが、実際に何があったかは私は知らない。そのせいで、私は一度も彼女のことをお嬢様と呼んだことがない。
持ってきた荷物がほぼなかったので、手当たり次第に机の上の筆記用具を筆箱に戻して、問題集と一緒にカバンに入れそうになってから、これが美雪のものであったと気づいた。
「問題集、ありがとね」
そういって美雪の机に問題集を置くと、美雪はそれをカバンに詰め込んだ。それを確認してから、私も自分の荷物をまとめ終えると、リュックを背負った。
三人とも準備ができると、待ちくたびれたかのように桃花が立ち上がりながら声を出す。
「二人とも準備遅いよ~」
私は桃花の手をつかんで、引っ張りながら言う。
「せっかく三人で帰るんだから楽しくしよ」
私がそういうと、二人ともいつになく優しそうな表情をしていった。
「それもそうだね」
そうして、三人で夕焼けに溶け込むために教室を飛び出した。
下駄箱を後にして、正門まで歩いている途中、ふと体育館が目に留まった。体育館の扉からわずかに運動している男子の姿が見える。中には、同じクラスの人もいるようだった。
やっているのはバレーボールかな。止まっている時には白いボールに緑と赤のインクを垂らしたように見えるけれど、回転すると灰色の単色に見える不思議な球を自在に操っている。
楽しそうだなと思いつつも、特段用事もないので通り過ぎようとしたとき、一人の女性が目に映った。部員らしき人と何か話した後に、その部員にけがの処置のようなものをしている姿を見て、マネージャーと推測する。
バレーボール部のマネージャー。その言葉の響きに私は憧れがあった。昔に見た当時では珍しいバレーボールのアニメの中で、マネージャーさんが選手たちからちやほやされながら、練習の手伝いをしている姿があった。その人はとても清廉で凛とした性格をしていてかっこよかったのをよく覚えている。
私もあんな風になれたらいいなぁ。なんて考えていた時、急に左肩をバシッとたたかれた。
「ちょっと」
私が苦言を呈すと桃花はひまわりみたいに笑っていう。
「ボーっとしてないでとっとと帰ろうよ。三人で帰れるの久しぶりなんだからさ。」
その言葉に、重ねるように美雪が言った。
「あなた速く帰って家事をやるって言ってたわよね。あんまり遅くなってお母様に迷惑かけたらしょうがないじゃない。」
美雪にまでそう言われてしまうと、何も言い返せなかった、少し不貞腐れながらも、彼女たちと一緒に帰路に就くのだった。
途中のコンビニに寄り道すると、何人かの高校生たちも寄り道をしているようだった。彼らはレジの隣にあるホットスナックをいくつか購入すると、店を出てその場でそれを食べていた。
私と桃花はその様子を見ながら、今日の晩御飯になりそうなおかずを探す。私が冷蔵物の麻婆豆腐を手に取ると、桃花がその隣のシュウマイを手に取りながらつぶやいた。
「そういえば、学校来てない間の食事はどうしてたの?」
最初、その言葉が私に発せられたものと認識できなかった。頭で文字お越ししてから、焦ったように答えようとしてから、何と答えるか考えてしまった。とりあえず思い付きで
「今日みたいな感じが多かったかな。料理はしたくなかったからね」
と言ってしまった。桃花も美雪も気が付いていないようだったから、余計に私は罪悪感を感じてしまった。
おかずが決まると、私と桃花は会計に向かった。レジで二人して女子高生が夕飯のおかずを買う姿は店員から見たらどう映っているのか気になってしまう。一人暮らしや家出少女にでも見えているんだろうか。
コンビニの外に出ると、先ほどの男子学生たちが駐車場を歩き去っていく姿を目で追いかける美雪がいた。
「お待たせ~」
私と桃花は美雪のほうに駆け寄った。その声を聴いて、美雪もこちらに視線を移す。先ほどの美雪を見ていた桃花は、すかさず美雪のことを茶化した。
「さっきの子たちに興味あるの?」
美雪はその揶揄をいつものようにバッサリと切り捨てた。
「別に興味ない。ただ同じ制服だったから知り合いかと思った」
桃花は少し口をとがらせてから、今度は私にその攻撃先を変えた。
「そういえば、さっき晴翔がバレー部に見入ってたけど、なんかあったの?」
好奇に満ち溢れた言葉に答えるのはためらわれたが、考えを伝えてみることにした。
「ちょっとだけマネージャーっていう立場にあこがれてるんだ」
私のその言葉に、桃花からの返事はなかった。気になって桃花のほうを見ると、何やら美雪とアイコンタクトしていた。なんとなく仲間外れにされたみたいと思って二人に声をかける。
「どうしたの?」
すると、今度は美雪が口を開いた。
「あなた、好奇心があることはいいことだし、学校のことに興味を持つのはいいけど、勉強も大事よ」
「そうそう。勉強に追いつけるようにならないと、部活なんてできないぞ~」
桃花も美雪の意見に賛成していた。二人に反対されると思っていなかった私は、そのことを率直に言った。
「まさか二人とも反対するなんて思わなかったよ。まあ、いつかできたらの話からいいけどね」
そういうと二人も納得してくれたようで、ほっとした。
それから私たちは、暑い夏の日差しが反射してまぶしいアスファルトの商店街を歩いた。久しぶりに外に出て代謝が変わったのか、汗はあまり出なかったけど、代わりに熱さに倒れるかと思いながらもなんとか家まで歩いた。
「じゃあ、また明日ね」
団地に入るところで二人に別れを告げると、彼女らも手を振り返しながら去っていった。視界から二人の姿がなくなるのを確認してから部屋に向かう。買ってきた食材を冷蔵庫にしまうと、癖のようにパソコンの前に座っていた。はっとして、とりあえず手を洗って、制服を汚さないように着替えると、もう一度パソコンの前に座った。
パソコンの電源を付けたけれど、普段のようにゲームをやる気が起きない。いくつかフリーゲームを漁ってみるも、どれもしっくりこないので、代わりにブラウザを立ち上げる。興味本位で自分の高校名とバレーボール部と検索すると、意外なことに活動報告をしているSNSが見つかった。
ちょっとだけ、と誰かに言い聞かせながらそのアカウントをのぞいてみる。投稿内容は試合の動画やそのいいところをまとめた短い動画、それに試合後の集合写真ばかりだった。そのどれをとっても青春と称するにふさわしいものばかりだった。
ふと動画投稿サイトで昔のアニメを検索すると、当たり前のように当時の動画がいくつも検索結果に表示された。適当にサムネイルで選んだ動画を見てみたら、案の定沼のようにはまってしまい、何個も動画を追いかけていたらいつの間にか夜になっていた。
結局ゲームはしなかったな。パソコンの電源を落とすと、席を立ってベッドに向かった。窓際にかけてある制服を見て、いつかのあこがれに浸る。布団にもぐりながら、少しだけ昔のことを思い出していると、いつの間にか睡魔に誘われた。