「痛っ!!」
胸を突き刺すような痛みで目が覚めた。そして、辺りを見回して驚いた。
そこは、病院だったのだ。それも、これまで僕と彼方が二人でいた共同病室ではなく、この間彼方がいた個室の病室だった。そして、僕の腕には三本の点滴が打たれていた。腕の先にある手は、かすかに濡れていた。
時計を見ると、夜の七時前だった。そして、日にちは7月7日だった。
思考の処理が追いつかないうちに、新しい情報がどんどん出てくる。ちょっと落ち着いて、情報を処理を試みる。
僕はあの時、激痛で倒れこんで、それから記憶がない。多分、暁さんが病院に連絡して、入院になったんだろう。いつも打たれていた点滴は一本だったから、相当悪い状態なのだろう。まあ、そのことは彼方が最後にいた病室にいることからも想像できる。そして、手がぬれていた意味は、多分…
僕は、起き上がろうとしたけど、
「くっ…」
体が鉛みたいに、動かなかった。まるで、意思を伝達する神経がなくなっている感じだった。けど、そんなものに負けていられない。
ベッドの横にある手すりをつかんで、無理やり起き上がる。腕に打たれていた点滴の、内容を確認してから、全部引き抜いた。腕から血が流れたけど、痛みは感じなかった。体を横に向けて、ベッドから降りる。
そして、強引に病室の外に出ようとした。けど、いったん立ち止まって、自分のカバンを探した。カバンは、ベッドの横の棚に置いてあった。震える手でチャックを開いて、鞄の中を漁り、とあるものを探した。
それは、僕と彼方の短冊
二人分の短冊を片手に、病室の外に出た。病室の外は、電灯の明かりで明るく、いつ見つかってもおかしくない様子だった。だから、僕は過去に使った方法で病院を出た。それは、一月に僕がこの病院を抜け出した方法だ。
重すぎてまともに体が動かないうえに、胸のあたりに激痛を抱えながら、病室を出た。そして、病室の外に出てから、がらんどうとした病室に一言
「ありがとう」
と、病室にお礼した。彼方の時もお世話になり、また僕もお世話になった。だから、病室自身にもちゃんとお礼がしたかった。
そして、僕は病院の玄関に向かう前に、とある場所に向かった。それは、小児病棟の子供たちが遊ぶスペースの目の前にある竹。僕はその竹にかけられている短冊に軽く目を通し、ある人の短冊の近くに、二人分をかけた。それは、僕にとって恩人であり、一番好きな人。
病院の壁にある小さな手すりをつかみながら、その場所に向かった。そして、誰にもばれないように、職員用の玄関口についた。すると、そこには予想外の人が立っていた。
「行くんだね」
と、哀愁の漂う微笑を浮かべて、医師は玄関の右側指さした。僕は、先生にお辞儀をして、玄関の外に向かった。本当ならお礼は声で伝えたかったけど、立ったまま声を出す力もなかった。そして、玄関から病室を出て、先生が指さしたほうに向かった。
それは、空がきれいに見える草原 そして、そこに一人の少女がいた
僕は彼女のもとに走った。気づかれないように、足音を殺しながら
「久しぶり」
なるべくいつも通りの声で、笑いながら声をかけた。そして、僕は彼女の隣に座った。正直、今にも心臓のあたりを抱いて、眠りたいぐらいだった。
暁さんは、最初声を聴いたときには、まだ暗い感じだった。空から目をそらして、地面の草と視線を合わしていた。けど、僕が隣に座ったのを視認すると、顔を明るくさせた。そして、僕の顔を見ながら
「おかえり」
と言って、笑いながら僕の手をつかんだ。僕も、暁さんの手を、両手で覆った。僕の冷たい掌を、温みのある暁さんの手が、必死に温めた。
「ただいま」
僕はもう、座っていることさえ限界だった。だから、僕は草原に寝そべった。すると、暁さんも横になり、僕の方に近付いてきた。
「本当にもう一度会えて、話せてよかったよ、蓮。倒れた跡に、先生からもう駄目だって言われたの。だから、もう話せないかと思ったよ。」
僕は必死に笑いかけながら彼女に答えた。
「僕も、暁さんとまた話せてうれしいよ」
「私はね、ずっと言えなかったことがあるの」
暁さんの顔を見ると、照れくさそうに頬を赤らめながら笑っていた。初めて見る彼女の表情に、僕は困惑した。
「言えなかったこと?」
「うん」
暁さんは、僕の上に乗っかるようにして、僕のことを抱いた。その時、僕は久しぶりに人間の温かさを全身から感じた。
「ずっと言えなかったんだけどね。私は蓮のことが大好きだったんだよ。ただの家族愛とかじゃなくて恋愛的に」
知らなかった事実だった。女子とかかわることも少なかったからか、全然気が付けなかった。僕は理解できない感情に対して、知っている限りの知識で応じた。
「えーっと、なんて答えたらいいのかわからないけど、とりあえずありがとう、かな?それと、一つ聞きたいんだけどいつ頃から?」
僕にとって、一番気になるのは、時期だった。まあ、二人で同棲してるなら、そうなることもあるかもしれない。けど、いつごろからそういう風に思われるようになったのかは、見当もつかない。
暁さんは小首をかしげながら答えた。その仕草に、女の子らしいなって思ったことは内緒にしよう。
「ん~。大体、一緒に暮らすようになって、少ししてからかな。だんだん気になり始めたんだよね。目を見て話すと恥ずかしくなったりとかね」
「そうだったんだ。僕は全然気が付かなかったけど、そんな風に思ってもらえてうれしいよ」
僕が曖昧に答えると、暁さんはまた違った笑みを浮かべた。
「本当に蓮はそういうことには疎いんだね。じゃあ、私から一つずっと気になってたことがあるんだけど、聞いていい?」
「いいよ」
暁さんからの最後の疑問。それは至極全うで、彼女からしたら一番不可解な点だったことだった。
「蓮はさ、なんで私に声をかけたの?」
その質問を聞いて、ちょっと僕は話そうか戸惑った。でも、いつまでも隠すことでもないから全部話すことにした。
「そういえば、言ってなかったけ。僕にとっては、光を幸せにすることが目標だったんだよ」
すろと、暁さんは、ちょっと顔を離して、怪訝そうな顔をした。
「目標?私を幸せにすることが?」
僕はずっと彼女に隠していた、彼方との関係を告白した。
「うん。光を幸せにするってのは、彼方からもらった目標なんだ。実は、僕は光に話しかける前から、彼方と知り合いだったんだ。」
暁さんはずっと僕と彼方の関係を知らなかったんだから、当然の反応をした。
「そうだったの?」
僕は何年も前のことを思い出すように、彼方と話した日を想起した。
「もともと彼方とは、病室が一緒で、隣だったんだ。僕が光に話しかける前日に彼方から話かけられて、ある頼みごとをされたんだ。それまで、一切話したことはなかったんだけどね」
僕の肩に、暁さんの涙がこぼれた。暁さんは、たくさんの雫を目に浮かべながら
「もしかして、その頼み事って…」
僕は途切れた彼女の言葉を繋いだ。
「君を幸せにしてほしいって」
暁さんは、もう一度僕の肩の上に顔を置いて、少し泣いた。
「もう、彼方ってば、優しいんだから」
「まあ、彼方らしいよね」
そして、僕も暁さんの抱く力を強めた。だんだん冷たくなる体を、暁さんの体で温めている感覚だった。
暁さんの体を、強く引き寄せた時、僕は終わりを悟った。まだ、話したいことはいっぱいある。でも、もう時間がないんだと、本能的に理解した。だから、会話を切っちゃうようだけど、
「暁さん、今までありがとう。僕は暁さんを幸せにできたかな?」
一番伝えたかった言葉を、暁さんの耳元でつぶやいた。暁さんは、その言葉にこたえようと、僕の肩から顔を離した。でも、もうその声は、聞くことはできなかった。
空に視線を飛ばすと、天の川の中で、星が一つ大きく光って、すぐにしぼんだ。
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蓮は私のことを、さらに強く抱きしめて耳元で囁いた。
「暁さん、今までありがとう。僕は暁さんを幸せにできたかな?」
会話の脈絡が、あまり見えないことを言った。でも、私はその言葉に、精一杯過去を思い出しながら答えた。
「私は幸せだったよ、蓮君。一緒に将棋したり、買い物をしたりしてた時、その一つ一つが、いつも以上に楽しかったんだ。勉強を教えてもらったり、たまに料理を作ってくれたりね。」
恥ずかしくて顔を見せないように、彼の体を強く引き寄せる。
「あのバレンタインも、あの受検も、すべてが私にとって最高の思い出になったんだよ。だから、私はずっと幸せだったんだよ」
その時、私の背中に回っていた彼の手が、するりと落ちた。
「え…」
彼の手をもう一度握っても、その手に人間の温みはなくなっていた。気が付けば、彼の瞼は閉じられていた。激しい痛みにもがきながらも、かすかな達成感と安らぎの顔をして眠っていた。
「馬鹿っ!私を幸せにするって言ったじゃん。君が死んじゃったら、意味ないんだよ…」
彼の手を強く握りながら叫んだ。でも、その声は木霊さえすることなく、空に吸われていった。彼の胸に顔をうずめて、暫く泣きじゃくった。
蒼穹はただ純粋に私たちを包み込んだ。天の川が私たちをつないでくれた。だから、私は時間も忘れて、彼のことを抱き続けた。