次の日の朝、少しでも長く寝ようと思ったため、起きたのが8時ごろだった。7時間の睡眠だから十分のはずだけど、病院生活の時と比べると、すごい短く思えてしまう。だるい体を起こして、自分の部屋の窓を開けて、下の階に降りた。
暁さんの姿はなかった。一瞬、また寝坊かなっと思ったけど、今日は自分が寝坊しているのから、それは無いはず。もしかしたらと思ってカレンダーを確認してみたら、
「一日塾」
と書いてあった。今の時代、高校受験に塾はつきものらしい。通わない人が少数みたいな感じだ。書置きの一つぐらいしておいて欲しかったなと思いながら、スマホを開けると、
「朝、君が起きるの遅かったから、塾に行ってきます。 ご飯は自分で作って食べてくれれば、なんでもいいよ。」
との通知が来ていた。スマホの便利さを実感させられると共に、今日は暇になりそうだなぁ、と感じた。暁家の冷蔵庫を開けると、二人暮らしにしては多いと思う食材が保管されていた。朝は何か作る気力がないので、トースト1枚だけ食べることにしたけど、冷蔵庫の中身からすると、すごいもったいないと思う。
何気なく、自分の部屋に戻って薬を飲んだら、薬が足りなくなりそうだった。持っても、あと3日ぐらいかな。薬が切れるのは、僕にとってはかなりの恐怖だ。薬が無くても、すぐに死ぬわけではないけど、じわじわと痛みが襲ってくる。それは、まだ数ヶ月前に体験したばかりのことだ。
いずれ薬を貰いに行かなきゃいけないんだし、今日は暁さんがいないみたい今日は絶好のタイミングだと思うんから、買いに行きたいんだけど
「絶対捕まるよなぁ」
薬を貰いに行くということは、脱走した病院に行かなくてはならないのだ。できることなら、別の病院で薬だけでも処方してもらいたいんだけど、病状が入院レベルだから、そうもいなかい。それにデリケートな病気なので、唐突に薬をもらいにこられても、医者も対応できないのだ。だから、手馴れてるその先生に会いに行かねばならない。
まあ、適当に行って、捕まりそうになったら逃げればいいか。今日もなかなか忙しい一日になりそうだ。
今日の予定が決まったところで、トーストを食べに、下の階に降りた。適当に焼いたせいか、少し焦げた気もしたけど、パン自体が美味しかった。皿を洗って、棚にしまい、これからの予定を決めようと思った。
取り敢えずは、午前中に病院に行って、薬をもらっておきたい。めんどくさいのは、病院に行くために、1度駅に出てから、バスに乗る必要がある。僕の家の近くには、病院行きのバスのバス停があったので、大変ではなかったが、今は遠くなってしまっている。
昨日買った洋服に着替えて、財布と保険証と定期券を、肩掛けのカバンにしまい、家を出た。まではよかったんだけど、降圧剤を飲んでいる身としては、真冬は寒すぎて駅まで歩ける自身がなくなった。仕方なく家に戻ると、パーカーを重ね着して、再び外に出た。
やっぱり、暁さんが居ない朝というのが、珍しく思えてしまう。朝ごはんを自分で作るなんて、本当に久しぶりの事だった。前まで病院食だったし、今日までは、暁さんが用意しておいてくれた。病院にいた頃は、和食のご飯と味噌汁が提供されていたんだけど、暁家に来てからは洋食がメインになった。
なんて考えていると、以外と駅は近いものだった。この家に住んでから、毎回駅の近さを実感している気がする。バス停の時刻表を確認すると、そう待たずに来そうなのでよかった。休日の昼間に病院に行く人は多くないらしく、バス停には僕しか並んでいなかった。 バスの運賃が足りるか気になって、財布の中を確認すると、中学生にしては多いお金が入っていた。これだけあれば、交通費と病院での支払いは間に合いそうだ。もう既に、バスはロータリーを回って、停車しようもしていた。
バスに乗って、5つほど先の停車所で降りた。途中で昔僕が使っていた停車場の近くから、僕の家の跡地が見えた気がした。空き家として残って入るけど、誰も使っていない状況を見て寂しく思った。
どうにかして病院の前につくことは出来た。さて、病院の先生になんて言われるだろうか。あの先生の事だから、何も言わないでいてくれると思いたい。僕の主治医の先生は、元々僕の入院には反対していたんだ。それでも、病状が、悪化しすぎたために、しかたなしに入院させたのだ。だから、なんとかなるかなって思ってる。まあ、もしものことがあれば、病院からまた抜け出せばいいかな。
受付に入って、必要な書類などを受け取った。入院しているあいだはこの髪を書くことは無かったので、懐かしく思えた。名前と年齢、病気についてや、体型、先生の指名も書き込んだ。一通り確認すると、受付に提出した。提出した時に、受付の方に顔を見られたのは気のせいかな。
受付の椅子に待たされるのも、数ヶ月ぶりだろう。入院したのが、去年の10月ぐらいだったはずだ。その辺から一切待合室に待たされていないんだ。ふとあの頃の入院生活が頭をよぎった。人生で一番虚しい時間だったと思う。なんもすること無かったし、友達とかは一切できないし。
と、今更のことを心の中で愚痴ると、
「八雲くん」
と、受付の人に案内されて、先生の診察室に入室した。なんていえばいいかわからなかった僕は、当たり障りのない挨拶をした。
「お久しぶりです」
すると、先生は近所の子供を見るような目つきで、ゆったりと話した。
「久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?その様子だと大丈夫そうかな。」
一切病院から抜け出した話をしないあたり、やっぱり先生は許容しているんだと思う。だから、僕はそこに触れないように答えた。
「特に問題なく、何とか。」
「よかったね。君が抜け出してから大変だったんだよ。色んな先生が院内探しまくってさぁ。絶対ここにはいないのわかってるのに探してるもんだから。まぁ、ほかの先生は君の性格知らないからわからなかったのかもだけど。 その間に、君の扱いを退院って言うことに書き換えておいた。だから、これでまた君は自由だ」
と、苦労話でもするかのように喋る先生に、僕は思わず
「完璧な権力の乱用ですよね?」
と言った。すると、先生はやれやれと言った様子をした。
「人のためにやってるんだし良くない?もう終わった話だし。」
今更この先生を止めることもできないんだ。だから、これ以上咎めることはしないでおいた。実際に助けられているんだからね。
「それもそうですね」
と言うと、本物の医者みたいな様子に戻った。
「それじゃあ、いつも通りの診察するから、胸出して」
僕が、シャツをめくると、先生は聴音機を当てて、熱心に音を聞いていた。この時、正直僕は驚いていた。入院していた患者が逃げ出したのに、怒られもしなかったんだから。しかも、職権の乱用で誤魔化すまでしてくれたのだ。なんでこんなに僕のためにやってくれるのか、不思議な医者だ。
「特に変化ないみたいだし、昔の薬だけ出しとくよ。」
と言って、パソコンに処方箋の情報を打ち込み始めた。その途中で、先生は興味本位の様子で
「そういえば、なんで抜け出したんだい?」
と質問してきた。言っても咎められることはないと確信していたから、ちょっと自慢げに答えた。
「やりたいことが出来たんですよ」
すると、やっぱ李先生は子供を見る目に変わっていた。
「それは良かったねぇ。やりたいことはやっとかないと後悔するからね。どうせ長くはないんだし」
さらっとデリケートな話をする先生。
「それもそうですね」
すると先生は、診察室の奥の方の棚をいじり始めた。棚に入っている薬を先生なりに調合すると、適当に梱包されたそれを渡された。
「それじゃあ、また薬切れたら来るんだよ」
「また今度」
と言って、僕は受付に戻った。
あの医者はとにかくすごい人だということは知っていた。医療関係の国家資格をほとんど持っているため、どんな検査でも1人でできてしまうらしい。だから、僕のCT検査の時も、放射線技師が来るのではなく、その先生がやっていた。それに、薬剤師の資格も持ってるので、さっきみたいに定期的にくる人には直接薬を渡してくれるのだ。薬局に行かなくて済むので、結構助かっている。
「八雲くん」
と、受付から呼ばれた。思ったよりかは早く会計ができた気がする。手馴れた感じに会計を済ませて、帰路に着いた。
この先生に見てもらえる人は少ないらしい。先生が面白いと思った人しか診察してくれないらしい。先生の言う面白いというのは、まだやりたいことがある重病人の事だと聞く。先生は、そんな人達に、やりたいことを叶えさせようとしているらしい。そして、満足した生活ができてから入院させてくれる。
僕の場合は例外で、親に入院させられてしまった感じで、先生も仕方なしという感じだった。まあ、その時にはやりたいことなんてなかったけど、入院はしたくなかった。とはいえ、親が決めてしまったことなので、断ることは出来なかった。
こんな愚痴はもういいか。もう終わった話だし。それよりも、残りの休日のプランでも考えようかな。ふと見上げた空は、最高の快晴だった。
そのあとは、行きと全く逆の道を辿るだけで、なんの変哲もなかった。家に着いた時には、まだ昼過ぎぐらいで、暁さんの帰りにはまだ時間があった。彼女からは、何を食べてもいいと言われているので、お昼は自己流に何か作ってみようかな。自分しか食べないから、どんなものができても大丈夫だ。
病院前のバス停に着くと、ちょっと椅子に座って、物思いに耽ける。未だに彼女に言えていないことがふたつだけあるのだ。ひとつは言わずもがな、僕の病気のこと。これは、いずれ伝えなくてはいけないとは思っているんだけど、話せていないことだ。もうひとつは……頭に思い浮かべたくもない事だ。無理やりに思い起こさせないようにしているほど、辛い事だった。
いつになったら彼女に全てを教えられうのか。今はまだ1月の後半。彼方はあと5ヶ月あると言っていた。僕自身もどれだけ頑張っても、5ヶ月から7ヶ月ぐらいだろう。隠したままにしてしまうのは、裏切ったも同然と思えるから、やりたくない。でも、なかなかこんなことは話せないだろう。彼女にとっての心の拠り所になることが目標なんだから。
弱音は吐いていられないような気もする。これは僕の悪い癖で、なるようになると思ってしまう。きっと、未来の自分がなんとかしてしまうような気がするのだ。そう思ってしまうと、今の自分は動こうとしなくなってしまう。いつも、何とかしなきゃなぁと思っている。なんて、今もおんなじような考え方をしているんだ。
仕方なしに、話題を切り替えようか。そう言えば、今の時代はまだまだ発展途上だと思うことがあった。それは、公立高校の受験に関する話だけど、本来できるはずのないことが、できてしまったんだ。
僕は、親の許可を取ることが出来ない状況にある。そもそもとして、親と話すことすら出来ないんだ。この状況でも、受けることが出来てしまうという、仕組みの抜け穴亜が有った。印鑑も署名もまともなものでは無い。学校の先生に言われるがままにしていたら、受験票を作ることが出来てしまったんだ。
私立高校なんて、受検料さえ払っておけば受験できるようになっていた。一切私立に行く気は無いので、関係ないんだけど。公立校は市立と違って税金とかで運営されてるから、もう少し制度はしっかりした方がいいと思う。
考え事をしていると、時間が経つのは早いもんだ。かなりの待ち時間があったはずのバスが、もう目の前にいた。バスの中は混んでいなくて、快適だった。そのあとは特に何事もなく家に着いた。最近は体を動かしているせいか、これぐらいの運動ではなんともない。もしかしたら痛みに気がつけてないだけかもしれないけど。
それよりも、家についた僕には一つの難題が待ち構えていた。昼食の準備が必要なのだ。この生活に慣れてしまったせいでm暁さんが準備しておいてくれるような気がするが、そんなことは無い。手を洗って、料理をしようと思ったけど、僕の腕前で作れるものがない。
適当に冷蔵庫を漁ると、いくらか冷凍ご飯があったので、何か作れるものがないかと、スマホに聞いてみることにした。今の時代、スマホに頼ればなんだってできる。調理方法などが纏まっているサイトの作り方通りにやればできてしまうのだ。それでも、僕自身の手で作った結果は散々なものだったんだけど。
フライパンに油を敷いて、ご飯を炒める。なんてさも当然のことのように書かれて入るんだけど、それすらも僕はままならなかった。コンロに油をこぼすし、ご飯はフライパンから飛び出るし、炒めすぎてご飯が少し焦げた。それでも、多少の味がついて、少し油っ気のあるチャーハンと呼べそうなものができた。
なるべく片付けが楽になるように、食洗機に入れられそうな食器を選んで、盛り付けた。一人で食卓にご飯を並べて、個食を味わう。
「いただきます」
家にひとりでご飯を食べる。何ヶ月ぶり、いや何年ぶりのことだろうか。1人でご飯を食べていると、何度も悲しみの波が襲ってきた。いつかの思い出と、ふとよぎる家族の顔に、涙が流れそうになる。蜃気楼か陽炎だと信じて、頭から振り払った。
ちなみに、チャーハンの味はそこそこだった。少しベタついた感じもするけど、それなりに味付けができていたから良かったと思う。これができたのは、ひとえにこの家の食器や調理器具、調味料のおかげとも言える。万能な味付けができる調味料が揃っているから、適当に色々混ぜればそれっぽいものになった。医者に食べさせたら怒られそうな味だけどね。
昨日のように、洗い物も終わり、時計を見ると、まだ2時を回ったぐらいだった。暁さんが帰ってくるまで、少なくともあと5時間はかかるかな。
5時間と言うと長いように聞こえる。でも、ネットを見ていれば、簡単に1時間ぐらい過ごせてしまうので、少し動画でも見ることにした。久しぶりに、パソコンのパーツを調べると、新しい世代のものが出ていて、古い世代が安くなっていた。それに、どんどんハイスペックになってきているらしい。
どうせ自分のお金もまだ残っているので、生きている間にもう一台ぐらい作ってみたい気がする。でも、暁さんの家にそれを置くわけにはいかないし、別の場所に隠すこともできないと思う。それに、仮に作ったとして、もう遊ぶ時間さえない気がする。
ネットの記事を眺めていると、お金を持て余したニートたちが、最高級品パソコンを作っている話題がいくつも出てくる。昔なら羨ましいとか、自分もやってみたいと思ったかもしれないけど、今の僕はただただ虚しくなってしまった。だから、少しスマホから離れてみた。
とにかく受験終わらせないと。なんて考えが頭をよぎった。受験なんて、微塵も考えていないことだ。でも、仮に僕自身は受験しないにしても、彼女の受験はあるんだ。だから、彼女の受験を手伝うっていう、重大事項がある。彼女なりにチャレンジするらしいから、そのサポートをするところまでは僕の役目だ。入学した後が見れるかはわかんないけど。
ふと窓の外に目をやると、もうそろそろ日も落ちそうになっている。気がついたら数時間が過ぎていたらしい。暗くなってきたので、年のために雨戸を全部閉めておいた。
ふとお思いついただけだけど、、ちょっとだけ彼女に楽をさせてあげたくなったので、風呂掃除をすることにした。。とりあえずやってみようと思って、お風呂場に行き浴室を見渡す。いつも使ってる浴槽の掃除だが、色々と機械化されていて、すごいの一言だった。
いつもは、使うだけなので知らなかったが、洗う前と後に水を流すことや、風呂の栓締めなどが全部自動化されていた。実際に掃除をしたのは、浴室の内側をスポンジで軽くこするぐらいだった。暁家という小さな世界だけを見ると、世界から孤立して近代化しているようだ。
風呂掃除も終わったしと思って、椅子に座ったら、彼女から連絡があった。 もうすぐ帰るとの事だった。久しぶりに会えると思いながら返信をして、玄関の鍵を開けて彼女を待っていた。玄関の鍵を開ける際に、ちょっと外を見たが、綺麗な夕映えが拡がっていた。