僕はいま、入院している。遺伝性のマルファン症候群の一つである、大動脈解離という難しい心臓病のせいだ。中学三年の中盤の頃、別の理由で定期検診を受けに行った際に、医師の気まぐれで検査を受けて見つかった。
しかも、症状は少し進んでいて、その時から、安静にと言われていた。しかし、医師の言うことを聞かず、運動していたら、危険値に達してしまった。
それでも、手術だけは断り続けた。自分の体を人にこじ開けられて、改造されるのが嫌だったからだ。普段は、#我儘__わがまま__#は言わないが、このことに限っては我儘なままだった。
どうしても心が受け付けなかったのだ。
そのせいで、毎日暇になってしまっている。
みんなはこれから受験勉強をするために、忙しくなるのをわかっていたから、見舞いには来ないで欲しいと伝えておいた。僕なんかに構ったがために、受験に失敗したなんてのは聞きたくない。おかげで、誰もこの病室には来ていない。
ちなみに言うと、僕は高身長痩せ型である。身長は学年トップを維持し、体重は、全く増えていない。中学校に通えていた時は、みんなから羨ましがられていたものだが、実はこれも遺伝の影響らしい。この症候群を患う人は、アンバランスな体型になりやすいと聞き、かなり悲しかった。
自分の取り柄を消されてしまったように感じたからだ。
みんなも1度くらいこんなことがなかっただろうか。自分の取り柄は実は自分の努力で手に入れたものではなかったみたいな事が。それ以来、友達と身長勝負をしていない。自分は、ズルして勝っているみたいに思えたからだ。だから、今日も僕は自分を少し嫌っていた。
そんなある日、隣のベットに寝ている少女が話しかけてきた。
「ねね、そこのお兄さん」
はてお兄さんなんていただろうか?数秒だった後に自分だと気づいて、返事をした。
「もしかして僕のこと?」
「そうそう」
どうやら本当に僕に対して言っているようだ。基本的に入院している患者どうしで話す機会は少ない。小児病棟では、普通のところよりも会話が少しは多いかもしれない。それでも、この病棟には末期の症状の人が多いから、子供なりにお互いの病気のこととか、触れてはいけないと思って、話すことはほぼ無い。だから、内心驚いたし、やや警戒した。
「お兄さんってたしか、若葉中学校の生徒さんでしょ」
僕はさらに驚いた。まさか、自分がどこの中学校の通っているかを知っていたなんて思わなかったからだ。まあ、一応は事実なのでちゃんと答えておく。
「そうだよ」
「やっぱりそうだったんだ。それじゃ、今何年生?」
テンション高いなあと思いながら返しておく。
「3年生だよ」
「それじゃ、この名前に聞き覚えない? #暁__あかつき__# #光__ひかり__#」
その名前に僕は聞き覚えがあった。というか、僕のクラスの人だった。
「同じクラスの人だよ」
「そうなんだ。 そういえば、自己紹介もしてなかったね。私はね、#暁__あかつき__# #彼方__かなた__#です。光お姉ちゃんの妹なんだ。君の名前も聞かせてよ。」
そういう事だったのか。それがなんだという感じだけど。
「僕は、#八雲__やくも__# #蓮__れん__#だよ。 それで、僕に何か用かい」
「一つお願いがあるの。 私はね、小児癌を患っているの。もう医師には長くないって言われてる。お姉ちゃんには弱いところは見せないようにしてたんだけど、もう限界でさ。だからね、私がいなくなったあとの世界で、お姉ちゃんを救って欲しいの」
最初に癌だと言われた時は、唐突過ぎて呆けてしまった。こんなに明るい子にも、そんなに重い病気があるなんて。でも、それが起きるのが小児病棟だ。
ただ、この子のことが心配にもなった。なにせ見ず知らずの僕に対して、病気のことを軽々しく話せてしまうのは、あまりに無警戒に思えたから。
僕は、一瞬断ろうと思った。自分には荷が重すぎると感じたんだ。だけど、自分の生きた証拠を残したいと願っていた僕には、ちょうどいい願いだと思った。数秒間、自分のエゴと彼女の願い、そしてそれを成功させる可能性をスピカの天秤にかけてから、答えた。
「いいよ。君のお姉ちゃんを救うって約束する。」
「ほんとにいいの?! やった!」
こんなに楽しそうにはしゃいでる子が癌だなんて、にわかには信じられないよな。まあ、あの子も喜んでるみたいだし、いいかな。そうすると、また僕らはいつものように、お互い別の方の後に向き直した。
ふと、僕の頭の中に素朴だけど、重大な疑問が浮かんだ。どうやって救えばいいんだろうか。
このところは、少しばかり体調が良くなってはいたが、退院は無理そうだった。そもそもの話、僕のように進行型の病気なら、1度入院したら出られないのが普通だ。とはいえ、約束してしまったことは成し遂げ投げる必要がある。
そんな訳で、僕はこの病棟から抜け出す方法を考え始めたのだった