懐かしいリビングの香り。解像度は日に日に低くなっているけれど、僕が住んでいた家のにおいだ。そして、それは僕のお母さんの好きな匂いなんだ。 いつものように水を飲み終えて、勉強部屋に戻ろうとしたとき、玄関の扉が開いた。出てこないでくれと望んでいても、やはりその男の声は聞こえてきた。 「翔、いるか」 もう僕の頭の中ではあの家の間取りは忘れてしまったのだろうか。玄関の位置も正しくないし、声が聞こえる方向もあっていない。けれど、これから起こることだけは明確
次の日の朝、少しでも長く寝ようと思ったため、起きたのが8時ごろだった。7時間の睡眠だから十分のはずだけど、病院生活の時と比べると、すごい短く思えてしまう。だるい体を起こして、自分の部屋の窓を開けて、下の階に降りた。 暁さんの姿はなかった。一瞬、また寝坊かなっと思ったけど、今日は自分が寝坊しているのから、それは無いはず。もしかしたらと思ってカレンダーを確認してみたら、 「一日塾」 と書いてあった。今の時代、高校受験に塾はつきものらしい。通わない人が
あのバレンタインの後 僕らは、これまでで最高の日々を送った。 僕らは、ともに第一志望の高校に合格できた。本番が弱い僕にとって、第一志望に合格できて、本当にほっとした。合格発表の後、彼方に報告しに行くと 「これで安心したよ」 と言っていた。そのあとに、二人で久々の焼き肉をして楽しんだ。 無事に進学先も決まり、僕らは三年生送る会、通称三送会に向けて頑張った。三送会の練習自体は、前から始まっていた。でも、受検が残ってる間はどうしても身が入らなかった。これで
「そういうことだったのか」 僕の頭の中で、消え失せていた記憶が取り戻された。わからなかったこと、推測できなかった謎、そのすべてを埋めてしまうパーツが見つかった。ちょうどそれを見計らったように、病室の扉があいた。その先の人物は見なくてもわかった。 「そこまで読んでいたんだな、親父」 僕が声をかけると、二や着いた様子の親父が病室に入ってきた。何も言わずに僕の隣の椅子に腰かけると、僕のほうを向いていった。 「間違った選択肢をふんだんだな」 けらけらと笑いな
次の朝 僕は、いつもよりも少し遅めに起きた。徹夜した後の睡眠はしっかりとった。今更健康のためというのは間違っている気がするけど、少しでも長く生きるためだ。 ただ、ちょっと体に違和感も感じた。それは、これまでに感じてきた、鈍痛とは比にならないほどの痛みだった。僕の場合、本当に徹夜したら危険な病気だから、徹夜明けはつらくなって当然かもしれないけど。それでも、これまで徹夜したときには感じなかった、針を突き刺されて、引き抜かれたような痛みがした。 もう完